朝鮮民主主義人民共和国の「自力更生」農業(下)

制裁強化の中で脱石油への取り組み

 穀物収穫量を大きく回復させた朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)では現在、食料の質を高める取り組みが行われている。また慢性的エネルギー不足のなかで、化石燃料に頼らない農業への取り組みも進む。

洗浦畜産基地
「洗浦地区畜産基地」の広大な牧草地と農場員たち

 山のすそ野に広がる草原に、たくさんのウシが草を食んでいる。「愛国牛(エグクソ)」と名付けられた大きな体のこの肉牛は、1982年から日本より輸入された「短角牛(たんかくぎゅう)」が基になっている。ここの大根で作った沢庵が、日本へ輸出されたこともある。
 ここは江原道(カンウォンド)の「洗浦(セポ)地区畜産基地」。韓国との軍事境界線に近いこの場所で、一大国家プロジェクトが推進されている。

●草食家畜を育てる
 国連「世界食糧計画(WFP)」は6月27日、「北朝鮮支援事業報告書」を発表。それによると朝鮮国民のタンパク質と脂質の摂取量は、国際基準の70~85%だという。

 穀物生産量が急速に増加しつつある朝鮮は、食料の栄養価を高め多様化させる大規模な取り組みを行っている。「社会科学院経済研究所」の金光男(キム・グァンナム)農業経営研究室長に話を聞く。
 「『草と肉を取り替えるように』というのは、偉大な指導者たちの遺訓です。わが国は耕地面積が少ないため、穀物飼料での畜産には期待できません。草食家畜を育てることがもっとも適した方法です」

 それを大規模に実施しているという「洗浦地区畜産基地」へ向かう。日焼けした任泰元(イム・テウォン)洗浦地区牧草地局長が出迎えてくれる。洗浦地区は海抜が600メートル以上あり、海からの強風が吹いて冬は氷点下30度にもなるので農業には不適だという。この畜産基地の牧草地面積は約5万ヘクタールもある。本格的な建設が始まったのは12年12月からで、ウシにもっとも力を入れているがヒツジ・ヤギ・ウサギ・ブタも飼育。軌道に乗れば、世界屈指の畜産基地になるとのこと。
 「加工工場が稼働すると、食肉だけでなく缶詰・ソーセージや、ヨーグルト・バターといった乳製品も生産する予定です。来年は、5000トンの食肉生産を目標にしています」

 「高山(コサン)果樹農場」は、「洗浦地区畜産基地」と元山(ウォンサン)市との中間に位置する。崔宗寿(チェ・チョンス)支配人が対応してくれた。
 「09年6月に、金正日(キム・ジョンイル)総書記の指導で、人民軍の大部隊が派遣されました。78もの小高い山を削って平地にしたのです」
 岩だらけの不毛の地を果樹園にしたという。農場面積3500ヘクタールのうち、果樹を植えているのは2850ヘクタール。その70パーセントがリンゴで、他はナシ・モモ・スモモなど。現在の収穫量は年1万トンほどだが、果樹が成長する20年には6万トンを計画している。

広大な水田
土地整理がされた水田で田植えが行なわれている

●有機肥料生産を重視
 朝鮮の大地を航空機の窓から見ると、大きな貯水池とともに大規模な水路も目につく。それについて「价川(ケチョン)・台城(テソン)湖水路」の記念館を訪れ、案内人の説明を聞いた。
 「金正日総書記は、大同江(テドンガン)の水で灌漑する自然流下式水路を発案し、02年10月に竣工式を行いました。約10万ヘクタールの農地で、水の心配がなくなったんです」

 1990年代後半に続いた大洪水で、平安南道(ピョンアンナムド)の新安州(シンアンジュ)など炭鉱の坑道が水没した。発電できなくなり電力供給が減少、農業用の揚水機が動かなくなった。その反省から、わずかな標高差を利用する灌漑システムが建設された。
 「この水路は全長151・4キロメートルありますが、標高差は23・2メートルです。そんなわずかな落差で水が流れるのかと人々は心配したのですが、科学者たちはその問題を克服して完成させました。揚水機など536の設備が不要になり、約6万キロワットの電力を削減しました」

 朝鮮では有機肥料の生産に力を入れている。どの農場でもたくさんのブタを飼育。その排泄物と都市から運んだ人糞を、稲わらなどと混ぜ発酵させる。こうして有機肥料を生産。南浦(ナムポ)市の「青山(チョンサン)協同農場」では年間約60トンを生産し、化学肥料の使用を約1トンにまで減らしたという。
 「家畜の排泄物で有機肥料を作り、それを穀物生産で使う。この生産システムの目的は、資源のリサイクルだけでなく質の良い農産物を作ることです」
 このように前出の金室長は語る。化学肥料の製造には、石油などの輸入が必要。朝鮮はそれに依存できないこともあり、有機肥料生産を極めて重視しているのだ。

●壮大な試みの未来は
 農業現場での、他の新しい取り組みもある。「将泉(チャンチョン)野菜専門協同農場」で「農業科学技術普及室」を見せてもらう。まだ若い室長が、パソコンを操作しながら説明をしてくれた。

科学技術普及室
協同農場の「農業科学技術普及室」

 「14年6月にここを訪れた金正恩(キム・ジョンウン)委員長の指示で工事が始まり、1年後に完成しました。私は大学を卒業してすぐに、ここへ配属されました。農場員たちは、午後5時から遠隔教育を受けています」

 朝鮮のさまざまな施設に、数十台・数百台のパソコンが並ぶ光景は珍しくなくなった。海外とインターネットでつながっているものは少ないものの、国内は光ファイバーによるコンピューターネットワークが構築されているようだ。農場員たちは農作業が終わってから、ここで大学の授業を受けているという。私は、彼らがこれらを使いこなせているのか聞いてみた。
 「農場員のみんなに1カ月間の講習をしました。彼らの家にもパソコンがあるので、ここで資料をダウンロードして自宅でも学習できます」
 他のインフラ整備が遅れている中で、「科学技術と生産の一体化」という方針に基づき、ITを極めて重視した政策が進められている。

 朝鮮は1948年の建国以来、大国によるさまざまな形での干渉を受け続けてきた。そのため、政治・経済・軍事において自立を目指す必要があった。そうしたなかで、東欧諸国とソ連の崩壊や「国連安全保障理事会」などの制裁もあり、農業を含めた自力更生の道しかなかった。
 90年代後半の国家存亡の危機から抜け出し、経済状況は次第に改善。政府の農業への投資も増えた。大規模な灌漑システム構築と土地整理、有機肥料への切り替え・節水型農法・品種改良などを実施。そして「圃田(ほでん)担当責任制」という、農場員の生産意欲を強く刺激する新たな制度を導入した。これらの取り組みの上に、急速な食糧生産の増加がある。

 そうした朝鮮だが、今後には大きな不安定要素がある。「国連安保理」などによる制裁の強化だ。これついて「社会科学院経済研究所」の李基成(リ・ギソン)教授に聞いた。
 「わが国は輸出主導の経済ではなく、自立経済の土台がしっかりしています。また地下資源に恵まれており、制裁の影響はわずかです」

 朝鮮はいずれ、5回目の核実験を実施するだろう。それに対しては、民生用の石油を含め輸入はさらに厳しく制約されると思われる。そうした事態への対応について質したが、明確な答えは得られなかった。
 自力更生によって自国だけで完結でき、石油への依存を減らした持続可能な社会を目指す朝鮮。環境に関するさまざまな取材をしてきた私にとって、注目すべき取り組みだ。その壮大な試みの未来は、この国をめぐる国際的な政治状況によって決まるだろう。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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