朝鮮民主主義人民共和国の「自力更生」農業(上) 生産意欲を一気に高めた新制度

 今年5~6月に行なった朝鮮農業の取材を『週刊金曜日』に掲載した。それを2回に分けて紹介する。なお誌面には(上)9枚・(下)10枚の写真と、詳細な写真説明を掲載している。

 1990年代後半に農業生産システムが崩壊し、多くの餓死者を出した朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)。ところが現在、食糧生産が着実に増えている。この国の知られざる農業政策と、金正恩(キム・ジョンウン)時代の新農業制度について取材した。

農場員たち
「将泉野菜専門協同農場」で子どもたちの競技に声援を送る農場員たち

 子どもたちの歓声が聞こえてくる。「6・1国際児童節」の記念行事をしているというので、託児所へ行ってみる。前庭は身動きできないほどの人であふれ、完全にお祭りムードだ。日焼けしたたくさんの農場員が、小さな子どもたちの競技に割れんばかりの声援を送っている。この「将泉(チャンチョン)野菜専門協同農場」は首都・平壌(ピョンヤン)へ野菜を供給している。

 ところが次に訪ねたすぐそばのトマト温室では、何人かの女性が一心不乱に働いていた。この温室を担当する「分組」責任者に話を聞くと「収穫が増えると自分に与えられる量も多くなるようになった。今では以前の2倍」とうれしそうに語る。楽しんでいる場合ではない、ということのようだ。農場員たちの生産意欲を高めたのは、「圃田(田畑、ほでん)担当責任制」という新農業制度なのだ。

●壊滅した90年代の農業
 朝鮮は1990年代後半に、「苦難の行軍」と呼ぶ国家存亡の危機に直面。原因のひとつは、東欧のいくつもの社会主義国が89年から、ソ連が91年に崩壊したことだ。朝鮮はそれらの国とバーター貿易や友好価格で石油などを入手していた。農業は、輸入する化学肥料・農薬・機械に大きく依存していたが、供給が一度に途絶えてしまう。キューバも同じ状況に陥ったが、朝鮮の場合はそれに追い打ちをかけて95年から毎年のように洪水と干ばつに襲われた。農業生産は壊滅的打撃を受ける。

 朝鮮で生産しているおもな穀物は、コメとトウモロコシ。91年から800万トンを超えていた穀物生産量は、96年に200万トン近くにまで落ち込んでしまう。深刻な食糧不足で、少なくても20万人が餓死した推測されている。

●「主体農法」の現状は

 「社会科学院経済研究所」の金光男(キム・グァンナム)農業経営研究室長に話を聞いた。
 「金日成(キム・イルソン)主席の『社会主義農村問題に関するテーゼ』には農村問題を終局的に解決する方法が綴られています。『テーゼ』実現の過程で、より高くなった農業生産の水準に合わせて打ち出されたのが金正日(キム・ジョンイル)総書記の『党の農業革命方針』です。これらに、わが国の農業方針がすべて出ています」

 これは「主体(チュチェ)農法」と呼ばれており、「少ない耕地で食糧自給を図り、厳しい自然条件を克服するための知恵の集大成」としている。だが海外からは、多くの批判があった。「精神論のみでやり抜く事を要求するというもので、伝統的な経験農法も科学的知識に基づく近代農法もまったく無視していたため失敗」(「ウィキペディア」)

傾斜地の果樹園
草で土砂流出を防ごうとしている傾斜地の果樹園

 その象徴的な事例とされたのが、山の上まで続く段々畑である。これは農地を増やすために、70年代初めに全国一斉に造られたという。しかし大規模な段々畑は、森林を伐採することで山の保水力を落とし、養分だけでなく大量の土砂を流出させる。そして河床が上がることで、洪水が起こりやすくなる。このことについて、金室長に聞いた。

 「現在は、草畦(くさあぜ)段々畑という方法にしています。石を積み上げた畦は、崩れると修復に手間がかかりますが、草を植えた畦だとそうしたことがないからです」

 最新技術を展示する「科学技術殿堂」に草畦段々畑の模型が展示されているほどで、段々畑を減らすことは不可能なようだ。次に、朝鮮での稲作の問題点として指摘されてきた「密植」について聞いた。すると「坪あたりの株数は、農場や地域ごとに決めている。土壌の状態が良ければ密植し、そうでなければ疎植にしている」とのこと。この取材で多くの水田を注意深く見たが、密植といえるものはなかった。

●「圃田担当制」の成果

 朝鮮の農業制度は「協同農場」が基本となっている。ここにはいくつかの「作業班」があり、さらに「分組」に分かれている。「分組は農場員の労働と生活での末端単位で、十分に機能を果たすことができるかどうかで農業生産が左右される」と金室長はその重要性を強調する。

 この「分組」をさらに分けたのが「圃田担当責任制」だ。人数が20~30人の「分組」だと、苦労せずにノルマを消化した人がいても労働の評価が一律になってしまうことがある。それを是正するために、さらに細かく分けたのである。

 この新制度は、個人から数人単位で一定の広さの田畑などを担当。収穫した農作物は、決められた量を政府へ納付すれば、あとは収穫量に応じて農場員へ分配される。収穫量が増えれば増えるほど自らの利益が多くなるのだ。金室長は次のように語った。「圃田担当責任制は、農場員たちの主人としての自覚を高め、自分の力ですべてやり遂げようとする自力更生の精神を強くさせました」

 「圃田担当責任制」が対外的に公表されたのは、14年2月に開催された「全国農業部門分組長大会」へ金正恩委員長が送った書簡だった。その中で「分配における平均主義(略)は農場員の生産意欲を低下させる」とし、「圃田担当責任制」で労働に応じて分配での差別化をはかることが明確にされた。これまでの朝鮮農業は増産のために精神的刺激だけ与えていたが、「圃田担当責任制」で物質的刺激も加えたのである。500キログラム~1トンを受け取る農場員も珍しくないという。

 南浦(ナムポ)市にある「青山(チョンサン)協同農場」は水田を中心にして910ヘクタールあり、農場員は1200人。10の作業班があり、その下の各「分組」の構成は農産4・野菜1・畜産1・トラクター1となっている。長英洙(チャン・ヨンス)管理副委員長に話を聞く。
「この農場では、12年に圃田担当責任制を導入しました。6~8人で構成していますが、家族単位ということではありません。今では個人主義がなくなり、生産意欲が高まりました。その結果、1ヘクタール当たり7~8トンだった米の収穫量は2・5トン増加し、トウモロコシは8トンだったのが3トン増えています」

温水器
温水器とソーラーパネルが備え付けられている「将泉野菜専門協同農場」の住宅

●改善された食糧不足

「社会科学院経済研究所」の李基成(リ・ギソン)教授によれば、朝鮮の穀物生産量は12年度が529万8000トンだったのが、13年度562万4000トン、14年度571万3300トンと急速に増えた。李教授の試算では、食用だけでなく、工業原料用・畜産用を含めた必要量は約700万トンなので、まだ穀物は不足している。まだ15年の統計は未発表だが、深刻な干ばつによって数年ぶりに減少。その代わりに植えたコムギ・ジャガイモ・マメなどが埋め合わせたという。変動はあるものの、食糧事情が改善に向かっているのは確かだ。私は金室長に、取材で訪れたのは「模範農場」ばかりで、成功例を見ただけではないのかと質した。

 「圃田担当責任制と、先進的な営農技術・肥料という条件が揃った農場では収穫量が大きく増えました。ですが自然災害の影響があったり、技術的に立ち遅れていたり、品種選択が間違っている農場はそうではありません」
 まだ解決すべき課題は多いようだ。しかし朝鮮の農業が、外国からの資金・機械・技術などがあまり入ってこない中で、壊滅的状況から着実に回復してきたことに驚く。
                                        (続く)

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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