北朝鮮 羅先経済特区を徹底取材(1)

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 『週刊金曜日』2015年10月23日号の「日本の経済制裁を逆手に活発な投資続ける中国やロシア、韓国」を2回に分けて掲載する。

水彩峯水産事業所
「水彩峯水産事業所」の女性労働者たち(2015年6月22日撮影)

 米国との関係改善を進めることができず、難しい舵取りが続く朝鮮民主主義人民共和国。だが経済交流は着実に進めている。その実態を見るため、この国でもっとも開発が進む「羅先経済特区」を取材した。

 同行の女性が、いきなり私のカメラのレンズを手でふさぐ。「ビデオカメラでの撮影は出来ないが写真は構わない」と言ったばかりのこの工場の男性担当者は、苦笑いをしている。

 この従業員約3000人の「水彩峯(スチェボン)水産事業所」は、90種類の水産加工品の70パーセントを中国、残りは国内販売する。中国向けのイカ製品は一つの企業とだけ取り引きしており、この女性はそこから派遣されている中国人責任者。手作業でのイカの処理に「企業秘密」があるという。構内には中国の「吉林省」「黒竜江省」のナンバープレートをつけた大型トラックが並ぶ。

 ここは朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の最北端にある「羅先(ラソン)経済貿易地帯(「羅先経済特区」)の羅津(ラジン)地区である。

羅津区域
羅津地区の街並(2015年6月23日撮影)

●戦略的に重要な港
 朝鮮は外資導入を積極的に推進するため、中央レベルの「経済特区」を5カ所、地方レベルの「経済開発区」を19カ所も設けている。また昨年6月には、対外経済に関わる3つの省庁を統合し「対外経済省」を設置するなど、外資導入に本腰を入れ始めた。

 「羅先経済特区」は朝鮮で最初の特区である。金日成(キム・イルソン)主席は14回、金正日(キム・ジョンイル)総書記は11回も現地視察をしたほどこの特区は重視されてきた。ここは中国・ロシアと国境を接し、羅津港という良港がある。この港は波が静かで水深があり、冬でも凍結しない。

 「社会科学院経済研究所」の李基成(リ・ギソン)教授は「地理的優位性があり、東北アジアでも重要な特区」だと言う。中国の吉林省は海とつながっておらず、極東ロシアには不凍港はウラジオストクしかないため、歴史的にも羅津港は戦略的に重要な存在となってきたのだ。

 「羅先市人民委員会経済協調局」から「羅先経済特区」の概要説明を受けた。
 「この特区を作った目的は、東北アジア地域の経済交流の活性化と発展のためです。羅先は1991年12月に特別市として制定され、面積は890平方キロメートル。そのうち経済特区は470平方キロメートルです。約150社の外国企業と約30社の合弁・合作企業があります。それは中国がもっとも多く、ロシア・米国・日本・香港・オーストラリア・イタリアといった国からです。日本は7社で、ホテル業・食堂とサービス業・建材業などをしています」

中国語表記のある道路標識
中国語表記もある道路標識(2015年6月22日撮影)

●制裁で日本から中国へ
 羅先市内を車で走ると「中国」が目につく。道路標識には中国語も表記されているし、中国が建設した立派な道路が市の中心部を貫いている。これは、羅津港と羅先市北端の元汀(ウォンジョン)までの約50キロメートルの道路で、そこから中国の琿春までつながっている。この道路によって中国東北地方は、羅津港から海外へ貨物輸送をすることが容易になった。

 加工貿易をしている朝鮮の事業所3カ所を訪ねた。「先鋒(ソンボン)被服工場」は、ベストやオートバイ用の手袋を生産。女性支配人が気さくにインタビューに応じてくれる。

 「中国から材料を仕入れて製品にし、中国への輸出と国内販売をしています。応じられないくらい注文があるので他の工場へ回したいのですが、この工場の作業品質を評価してくれる中国の取引き先が許してくれません」
 日本からの帰国者が社長をしている「羅先大興(テフン)貿易会社」は、広大な敷地に施設が並び、工場には日本製の近代的な生産設備が並ぶ。従業員は支社を含め約1000人。

 「中国と国内向け加工品の生産と、ロシア産のカニを処理してロシアへ戻しています。ロシアはそれをヨーロッパへ輸出しています。製品は税関まで持って行かず、この工場の埠頭から輸出できるんですよ」

 中国とロシアとの貿易が順調なこの事業所は、かつては日本と取引きをしていた。日本の経済制裁で輸出量は2005年から減り始め、翌年にはまったく出来なくなった。冒頭で紹介した「水彩峯水産事業所」でも「加工したウニとカニのすべてを日本へ輸出していたので、2~3年間は経済制裁の打撃を受けた」と担当者が語る。中国へ切り替えた当初は低かった取引価格は、今は上がっているという。(続く)

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