北朝鮮への文化財返還を「大倉集古館」が拒否

 「ホテルオークラ東京本館」(東京都港区)に隣接して中国風建築の博物館がある。現在は休館中の「大倉集古館」である。ここには、日清・日露戦争などによって富を築いた大倉喜八郎による蒐集品などを展示する。

平壌 石塔
何の説明文もなく展示されていた「平壌栗里寺址八角五重石塔」(2006年8月13日撮影)

 この博物館の裏庭には、朝鮮半島からの石造文化財がいくつも並んでいる。その中でもひときわ目立つのが「平壌(ピョンヤン)栗里寺址八角石塔」である。

 現在の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の平壌市にかつてあった仏教寺院の石塔だ。もし北朝鮮に残っていたならば、間違いなく国宝に指定されているだろう。

 2011年3月、北朝鮮の「朝鮮仏教徒連盟」はこの石塔の返還交渉を、韓国の市民団体「文化財還収委員会」などに委任。それは、靖国神社にあった「北関大捷碑(ほっかんたいしょうひ)」返還で生まれた信頼関係があるからだ。

ソウルの北関大捷碑
ソウルで盛大に開催された「北関大捷碑」歓迎式典(2005年11月17日撮影)

 この石碑は1708年に、現在の北朝鮮の金策(キムチェク)市郊外に建立。朝鮮に侵攻した豊臣秀吉軍と戦った義兵が勝利したことを記念したものだ。それを、1905年に日露戦争で朝鮮北部に駐留した日本軍が持ち去った。

 この「北関大捷碑」は2005年10月、日本・韓国・北朝鮮の仏教徒の努力で靖国神社から韓国政府へ引き渡され、翌年3月にソウルから北朝鮮の開城(ケソン)へと運ばれた。私はこの一部始終を取材し、2009年10月に元の場所へ戻った石碑を撮影した。

 「朝鮮仏教徒連盟」は「文化財還収委員会」を通し、今年2月25日に東京簡易裁判所へ石碑の返還を求める民事調停を申し立てた。「連盟」は関係者の訪日を申請したものの、日本政府が入国を許可しなかった。経済制裁の一部解除によって入国は可能になったにもかかわらず、それはまったく守られていない。

 今年7月の第1回の調停では、大倉喜八郎が朝鮮総督府から石塔を譲り受けての「大倉集古館」の占有は不当と主張。今月17日の第2回調停で「大倉集古館」は返還に応じないとしたため、調停は不成立に終わった。

 「北関大捷碑」のすぐ横には「利川五層石塔」が置かれており、韓国の利川市長が先頭に立ち時間をかけて返還交渉をしてきた。しかし「大倉集古館」は、それに対しても頑なに返還を拒んでいる。朝鮮総督府の力を背景に不当に取得した文化財は、民間所有であっても返還されるべきだ。

 なお「北関大捷碑」返還については「靖国の碑は北朝鮮国宝」(TBS系列「報道特集」2006年4月2日放送)と「秀吉撃退の碑=北関大捷碑はいかにして北朝鮮に返還されたか」(講談社『現代』2006年9月号)、文化財返還については「韓国・北朝鮮からの文化財返還要求をどのように受け止めるのか」(岩波書店『世界』2008年2月号)に発表。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
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