朝鮮半島を縦断した日本人探検家(上)

 今月11日、米国の女性活動家であるグロリア・スタイネムさん(81)が国連本部で記者会見をした。朝鮮半島の平和と統一を願い、12カ国の女性30人が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と韓国を隔てる非武装地帯(DMZ)を徒歩で越える計画を発表したのである。

 これは非武装地帯だけを北から南へと渡るというものだが、北朝鮮の白頭山(ペクトゥサン)から韓国の釜山(プサン)まで、朝鮮半島を完全に縦断した日本人探検家がいる。

非武装地帯の関野吉晴
非武装地帯の「朝鮮人民軍」監視所で説明を受ける関野吉晴さん(2007年8月19日)

 探検家の関野吉晴さんは、人類発祥の地であるアフリカのタンザニアをめざし、南米・チリの南端から旅をした。それは1993年から2002年までかけて、約五万キロメートルを徒歩・自転車・カヤックなどの人力で行われた。
このようすは、フジテレビで「グレートジャーニー」として八回にわたって放送された。

 関野さんは次の挑戦として、日本へ人類が渡ってきた三つのルートをたどる旅「新グレートジャーニー 日本人の来た道」を開始。
 その一つの「南方ルート」は、ヒマラヤからインドシナ半島を経て中国へ入り、朝鮮半島を通って対馬を目指すというものだ。

 朝鮮半島縦断の可否は、北朝鮮を旅する許可を得ること出来るかどうかにかかっている。関野さんの旅のテレビ番組を制作してきたプロダクションが、いくつかのルートで北朝鮮と交渉をしたものの成功しなかった。

 そのため2007年1月になり、私に交渉依頼をしてきた。それだけでなく、北朝鮮の北端から韓国の南端までの旅のコーディネートをして欲しいという。

 それまでの北朝鮮取材での経験を踏まえてプランを作成し、北朝鮮の受け入れ機関へ送った。ところが内容を欲張りすぎたために、「実現できない」としてあっさりと断られてしまったのである。こうなれば直談判するしかない。

 私一人で6月に訪朝し、内容を絞り込んだ新たなプランを説明。はっきりとした返事が得られないまま帰国したが、しばらくして許可の連絡が届いた。

 そして8月8日、私だけが一足先に平壌(ピョンヤン)へ。ある程度は覚悟していたが、さまざまなトラブルが待ち構えていた。

 翌日、日本から連絡があった。中国・瀋陽(シェンヤン)から平壌まで関野さんが搭乗する予定の高麗(コリョ)航空は、120センチ以下の自転車しか積んでくれないというのだ。
 日本の旅行代理店へ電話したものの、同じ返事である。そのため平壌市内にある高麗航空本社へ行き、ここでも直談判をした。その結果、例外として許可が出たのである。

 自転車は、関野さんと一緒に走る地元青年のものと2台が必要だが、急遽、1台は平壌で調達することになった。

 百貨店ならばあると思ったが、どこにも置いていない。「自転車の看板を掲げている店を見たような気がする」という受け入れ機関スタッフのあいまいな記憶を頼りに探しに行く。
 すると、マウンテンバイクの絵を掲げた立派な店舗があったのである。それは、北朝鮮で自転車生産をしている中国との合弁企業のショールームだった。

 ここにはさまざまな種類の自転車が並んでいる。私が関心を持ったのは、150キログラムもの荷物を積むことが可能なとんでもなくしっかりした自転車。北朝鮮では、こうしたものが活躍するのだろう。
 この店で、マウンテンバイクを75ユーロ(当時は約1万2000円)で購入した。

 関野さんとカメラマンは8月11日に空港へ到着。ところが空港から市内へ向かう車の中で、とんでもない事態が判明した。関野さんが、自分の自転車のクランク軸を忘れてきたのだ。これがなければ自転車は動かない。(続く)

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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