北朝鮮で予防隔離を受けた!(下)

 2003年4月24日、SARS(重症急性呼吸器症候群)の予防隔離を受けるために乗せられたバスは、一時間ほどで隔離施設の「清川江(チョンチョンガン)ホテル」へ到着。場所は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)平安南道(ピョンヤンナムド)新安州(シナンジュ)。現在行われているエボラ出血熱への隔離でもこのホテルが使われている。小高い丘の上にあって、たくさんの樹木で囲まれている。つまり「隔離」するには打ってつけの場所なのである。

 建物は新しくはないが、部屋は清潔。時間は限られているものの、蛇口からはお湯も出る。食事は質素ながらも多すぎるほどの量で、新鮮な山菜の料理がうまかった。ビリヤードやカラオケなどの設備もある。窓からの新緑が美しく、鳥たちのにぎやかな鳴き声が聞こえてくる。予想に反して、かなり快適な生活である。

 上の階から「サウンド・オブ・サイレンス」や「レット・イット・ビー」の曲が聞こえてきた。このホテルに隔離された外国人は、ドイツ・ナイジェリア・インド・ニュージーランド・フィリピン・中国と国籍は多様。ドイツ人は3人で、その内の2人は何と新婚旅行でやってきたという。

新安州の田園
隔離を受けた「清川江ホテル」から見続けた田園風景(2003年5月2日撮影)

 このホテルは朝食付きで1泊7000円ほどするため、9泊だと約6万円以上。その金が支払えないという中国人が、ロビーで寝泊りしていた。この「事件」について関係者が協議した結果、全員の滞在費は政府が負担することになった。昼間から大量に飲んだビール・焼酎などの代金まで請求されなかった。この予防隔離は、国家の「防衛」のために極めて重大な措置であるからだ。

 この隔離生活という「非常事態」の中で、私を感動させることがあった。このホテルには6人の在日朝鮮人も収容されたが、その受け入れ機関は感染を恐れてようすを見に来ることさえなかった。いくつかの国の大使館が自国民と会うためにやって来たが、玄関先で5メートルほどの距離を置いて話をしただけで戻って行った。

 ところが私を招聘してくれた機関の一人のスタッフは、私が不自由をしないようにとホテルで一緒に生活をしてくれたのである。死亡率の高い未知の病として世界中が恐れおののいている中で、感染を覚悟しての行動だった。思想や価値観が異なっていても、人として相手への深い思いやりがいかに大切なのか教えられた。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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