「北鮮」との宛名で公文書を送った広島県

 『週刊金曜日』2017年1月20日号に掲載した拙稿を紹介する。

「北鮮」との宛名で公文書を送った広島県
差別表記に朝鮮の被爆者は強く抗議


 朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)で暮らす被爆者だけが、日本政府の援護措置から除外されている。そうした中で、広島県がようやく送付した文書の宛名には差別表記があった。

朴文淑さん
 厳しい表情で「北鮮」表記の宛名について語る朴文淑さん。1992年の「原水禁大会」に、朝鮮の被爆者代表として派遣された際に「被爆者健康手帳」を取得した(2016年8月22日撮影)

 昨年8月22日、「平壌高麗(ピョンヤンコリョ)ホテル」の会議室。朝鮮を訪れた日本人グループを前に、朴文淑(パク・ムンスク)さんが長崎での被爆体験を語り始めた。

 「私が被爆したのは2歳です。日本人は、朝鮮人の子どもが防空壕の中で泣くのを嫌がりました。そのため、家の中にいて被爆したんです。放射能での汚染を知らされなかったので、一家8人はその場所で生活しました。家族は後遺症で苦しむことになり、がんで次々と亡くなりました。今は私しか生き残っていません」

 話は広島県から朴さんへ送られてきた郵便物のことに移った。すると、それまで穏やかな口調で淡々と語っていた朴さんが急に声を荒げたのである。「医療費等の申請に関するご案内」が入ったその封書の宛名には「北鮮(ほくせん)民主主義人民共和国」と書かれていたというのだ。それまでは朝鮮語で語っていたが、通訳を通して自分の怒りを伝えるのがまどろっこしくなったのか日本語で話し始めた。

 朴さんはかなり前から、深刻な心臓疾患を抱えている。頻繁に心臓発作を起こして病院へ運ばれているため、家族からは外出を止められているほどだ。それにもかかわらず、あまりにも感情を高ぶらせているので、この場で倒れるのではないかと私は心配になった。

 「北鮮」という言葉は、1910年の日本による「韓国併合」から日本人によって差別的に使われてきた。「北朝鮮」という呼び方も同じで、その地域で暮らす人たちはそのように呼ばれることに強く反発している。

●日本に棄てられた朝鮮の被爆者
 被爆した朝鮮人は広島で約5万人、長崎で約2万人と推定されている。1945年の解放後、朝鮮半島北側へ帰国したのはそれらのうちの約3000人という。「朝鮮被爆者協会」などによる2007年の調査で、1911人の被爆者を確認したものの1529人がすでに死亡していた。調査から10年たった今、生存者はごくわずか。

 韓国など海外で暮らす被爆者とその支援団体による長年の闘いにより、在外被爆者に対しても日本政府は援護措置を実施するようになった。「被爆者援護法」にもとづき、「健康管理手当」などを支給。それは日本と国交のない台湾の被爆者へも実施されている。ところが、唯一の例外となっているのが朝鮮である。
 「被爆者健康手帳」を持っている朴さんへは、援護措置の実施どころか関係書類さえ送付してこなかった。これは明らかに「被爆者援護法」に反する行為である。

 01年に、日本の外務省・厚生労働省による政府調査団が平壌へ派遣された。被爆者の実態把握後に、援護措置を検討することになった。しかし日朝関係の悪化により、完全に反故にされてしまった。朴さんの怒りは宛名のことだけでなく、朝鮮で暮らす被爆者だけが日本政府に棄てられてきたことにある。

 最高裁判所は15年9月8日、「被爆者援護法」にもとづき在外被爆者への医療費の支給を認める判決を下した。その判決を受けて11日に、「韓国の原爆被害者を救援する市民の会(市民の会)」(市場淳子会長)が厚労省と交渉。在外被爆者への文書は、朝鮮の被爆者へも送付することが確認された。同年10月、「市民の会」は「被爆者実態調査票」を朴さんへも送るように要請。厚労省は長崎県を通して送付した。この時初めて、朝鮮の被爆者に日本政府から被爆に関する文書が送られたのである。

 昨年5月になり、在外被爆者に「医療費等の申請に関するご案内」が送付されたことを「市民の会」が知る。朴さんへの送付を厚労省に確認したところ、送られていないことが判明。この医療費申請の窓口は、韓国居住者だけが長崎県、それ以外の国は広島県となっている。そのため厚労省は広島県に指示して送付し、そのことを「市民の会」へ連絡した。

 私は、この2通の文書が朴さんへ届いているかどうかを「朝鮮被爆者協会」へ問い合わせた。すると「広島県からのものだけ受け取っているが、それについて会ってから話したいことがある」との返事だった。その話というのが、宛名の「北鮮」表記だったのである。

●体質的な敵視政策の表れと抗議
 9月19日、朴さんは厚生労働大臣と広島県知事に抗議文を送付した。「朝鮮被爆者協会」の副会長をしているとはいえ、朝鮮の一市民が日本の政府や行政へ文書を送るのは極めて異例なことだ。

封筒全体
宛名部分
朴文淑さんが「広島県健康福祉局被爆者支援課」から受け取った「北鮮民主主義人民共和国」と書かれた封書とその宛名(提供/朝鮮被爆者協会、画像の一部にぼかし)

 「(「北鮮」と)公文書に表記することは、わが国の被爆者に対する冒涜。担当者の無知から生まれたミスではなく、行政末端から政府当局にいたるまで貫かれた日本の体質的な反共和国敵視政策のあらわれ」

 そのように批判した上で「この問題に厳重に抗議し、広島県当局が公式に謝罪文を送ることと、関係者を厳しく処罰することを強く要求する」としている。

 この翌日、「広島県原水禁」代表委員で元衆議院議員の金子哲夫さんが、広島県庁の健康福祉局被爆者支援課へ事実確認のために出向く。朴さんへ送った「北鮮民主主義人民共和国」の宛名データは残っていた。
 「(宛名は)公式な文書ではない」と言った担当者に金子さんが抗議すると訂正された。ところが担当者は次に「私たちも一生懸命に支援している」と語ったのだ。それに対して金子さんは「今回のことは、裁判で(行政が)敗訴したことによる作業で発生したのであって、支援という認識はどこから出てくるのか」と批判した。

 韓国などの在外被爆者たちが40年以上も日本の政府や行政と闘い、ようやく日本国内の被爆者と同じ援護が受けられるようになった。被爆地・広島の被爆者援護の担当窓口でさえ、そのことをまったく理解していないというひどさだ。

 10月7日、広島県は健康福祉局長名の「お詫び文」を朴さんへメールと郵便で送付した。それには、パソコンでの宛名の入力ミスによって「あってはならない表記となってしまった。特別な意図を持って行ったものでない」としている。

 日本政府が朝鮮の被爆者へ、援護措置や医療支援など何一つ実施してこなかったのは、朝鮮への敵視・差別政策によるものだ。広島県による「北鮮」表記は、その異常な政府政策の反映である。

 朴さんは抗議文の中で「国家賠償とは別途に、被爆者やその子どもの原爆症治療に必要な医療設備や医薬品の提供など、人道的な医療支援措置を講じるべき」としている。朝鮮の被爆者は、医療支援を緊急に必要としているのだ。

 朴さんが、「北鮮」表記の宛名は反朝鮮政策の表われと批判し関係者の処罰を求めていることについて、私は広島県の「被爆者支援課」へ質問した。それに対して「当事者間でやり取りをしていることなので回答を差し控える」と連絡してきた。

 そして厚労省の「原子爆弾被爆者援護対策室」には、朝鮮の被爆者だけを援護対象から除外している理由などを質した。すると「(朝鮮の被爆者も)出来る限り同じように扱いたいとは思っているが、出来ることできないことが被爆者施策と違うところで発生している」とした。日朝の国家関係が最悪であるため、「被爆者援護法」の順守ができずにいるということだ。

 日朝の非公式接触が昨年9月以降、中国で数回にわたって行なわれている。だが日本政府は朝鮮に対して強力な独自制裁を実施しており、具体的成果を得るのは容易ではないだろう。日本政府はこうした状況でこそ、朝鮮の被爆者や朝鮮北部での大水害の被災者への人道支援を行なうことで、少しでも信頼関係を築くべきではないか。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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