北朝鮮の「聖地」で不思議な体験をした

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の「建国の父」である金日成(キム・イルソン)主席は、1994年7月8日に亡くなりました。彼が生前に公務などで使っていた「錦繍山(クムスサン)議事堂」が、遺体を永久保存するための施設として改築されて「錦繍山記念宮殿」になりました。
 そして2011年12月17日に死去した金正日(キム・ジョンイル)総書記の遺体もここへ保存され、「錦繍山太陽宮殿」と名称が変わりました。建国以来の二人の最高指導者をたたえるためのこの施設は、北朝鮮においてもっとも“神聖”な場所なのです。そのため高い塀に囲まれ、武装した兵士によって厳重に警備されています。

太陽宮殿
正面から見た「錦繍山太陽宮殿」(2012年9月5日撮影)

 私は、「記念宮殿」だった時に訪れたことがあります。外国人はここへ自動車で行きますが、北朝鮮の人々は宮殿へ行くためだけに敷設された路面電車を使うのです。この車両はスイス製で、1995年から3・5キロメートルの間を無料で運行されているとのことです。乗客は、女性は色とりどりの美しいチマ・チョゴリ、男性はダークスーツにネクタイといった正装をしています。
 宮殿へ入るには、クロークでコート・鞄・カメラだけでなく、筆記具・タバコ・ライターまで預け、金属探知機をくぐるなど厳しい検査を受けます。次に、約340メートルもの動く歩道に乗って宮殿へ向かうのです。この上を歩いている人などはいません。
 宮殿へ入ると、高さ5メートルほどの金日成主席の白亜の像があります。現在は金正日総書記の像が並んでいるとのこと。そして3階のホールへとエレベーターで上がります。そこに金日成主席の遺体が、ガラスに覆われた棺の中で深紅の布に包まれて安置されていました。うす暗くした室内で遺体にだけスポットライトが当てられており、荘厳な音楽が流れる中を人々は時計回りにひと回りするのです。
 この後、さまざまな国から金日成主席へ贈られた勲章や、使用していた自動車や列車などを見学。次にソニー製の音声ガイド機器を受け取って日本語に合わせ、それを聞きながら豪華な建物内を見て回るのです。
 最後に、クロークで荷物を受け取ってから宮殿前の広場へ出ます。ここは約300×約500メートルもあり、正面にあたる北側と東側に水をたたえた大きな堀が囲んでいます。

 私はこの宮殿の外観だけでもきちんと撮影したいと思って申請したところ、2003年4月に許可が出ました。宮殿前広場が道路に面するところには、立派な装飾を施した正門があります。何と、少しだけ開けられたその巨大な扉から敷地内へ入れてくれたのです。通常の訪問時のことを考えれば驚きです。
 緊張しながら宮殿を撮影していると、突然、静寂を破って鳥たちのにぎやかで低い鳴き声が聞こえてきました。近くにいた職員たちが、堀の中をのぞき込んでいます。自然な流れで、私も三脚を担いだままでそこへ移動。何と堀の中で、女性がボートを漕ぎながら、飼育されているたくさんの白鳥に餌を与えていたのです。

宮殿の白鳥
宮殿の堀で、白鳥に餌を与えている女性(2003年5月14日撮影)

 雲一つない晴天を映し込んだ青い水面。その上を白い帽子とブラウスの若い女性が、赤いボートをゆっくりと漕いで行く・・・。それをたくさんの白鳥が追いかけている。厳戒体制の「聖地」で、とんでもなく穏やかな光景がありました。それにカメラを向けても、誰もとがめようとしません。私は、それまでに経験したことのない不思議な感覚に囚われたのです。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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