トランプ政権の北朝鮮政策を予測する

 選挙公約と実際の政策とは異なるのではないか、という日本などの希望的観測を打ち砕き、米国のドナルド・トランプ次期大統領はメキシコ国境への壁の建設や就任初日の「環太平洋連携協定(TPP)」離脱を改めて表明した。東北アジアの安定と平和を左右する、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対するトランプ氏の北朝鮮政策はどうなるのか。

プエブロ号
平壌(ピョンヤン)市内に係留されている「プエブロ号」(2016年8月22日撮影)

 今年1月6日の北朝鮮による核実験に対し、トランプ氏はその翌日に「金正恩(キム・ジョンウン)は頭がおかしい。これ以上、核でいたずらできないように終わらせなければならない」と述べた。

 しかし5月17日には「金正恩氏と話し合うことに何の問題もない」とし、6月15日には「金正恩氏が米国へ来れば、ハンバーガーを食べながらより良い交渉をする。核開発をしないように説得できる可能性は10~20パーセントある」と語った。両極端の主張をしてきたトランプ氏には、明確な北朝鮮政策がなかったのは確かだ。

 トランプ氏のハンバーガー交渉発言に対し、翌日の16日には楊亨燮(ヤン・ヒョンソプ)最高人民会議常任委員会副委員長は「悪いことではない」と述べた。だが北朝鮮は、トランプ次期政権への評価を公式にはまだ行っていない。

 私は今年6月1日に、北朝鮮外務省の趙炳哲(チョン・ビョンチョル)日本担当研究員(当時)へインタビューを行った。その中で、トランプ氏が北朝鮮との交渉に話に積極的な発言をしたことについて、どのように受け止めているかについても聞いた。

 すると「米国政府の朝鮮敵視政策が続く中で、トランプが選挙のために何を話しても相手にしない」とのそっけない返答だった。北朝鮮外務省内でこの時までに、トランプ政権を想定した議論はされていなかったようだ。

 北朝鮮はトランプ氏当選が決まってから、去りゆくオバマ大統領への批判を次々と発表。
 「核放棄まで制裁・圧力を加えながら待つというオバマの『戦略的忍耐』は『戦略的敗北』に終わった。今や、東方の核強国(北朝鮮)をいかに相手にすべきか決心すべき時」(『朝鮮中央通信』11月9日付)
 「(オバマ政権は)核保有国と対峙するという困難な責任を、次期政権に負わせた」(『労働新聞』11月10日付)
オバマ現政権を批判することで、トランプ新政権に対して非核化を前提とした対話には応じないとの基本姿勢を改めて示したのである。

 その後、トランプ次期政権に向けてのメッセージを出すようになった。11月18日には徐世平(ソ・セピョン)国連代表部大使が、米国が在韓米軍を撤退させ朝鮮戦争の休戦協定に代わる平和条約の締結の姿勢を示せば、関係正常化に向かう可能性があるとした。トランプ氏が選挙戦中に、在韓米軍の撤収を語ったことを意識してのものだ。

 そして、北朝鮮の核・ミサイル開発での原則的立場を立て続けに表明している。
「朝鮮半島の情勢激化の根源がわれわれの核・ミサイル実験にあるのではなく、まさに米国の対朝鮮敵視政策と核脅威にある」(外務省「備忘録」11月21日)
 「われわれの核抑止力は、協議のテーブルの上にあげて論議する政治的駆け引き物や経済的取引物ではない」(『労働新聞』11月25日付)

 オバマ政権が8年間も北朝鮮との交渉を頑なに拒んできたため、北朝鮮は自衛のためとして核・ミサイル開発を続けてきた。その結果、核ミサイルを米国へ打ち込むことが出来るほど、その能力を飛躍的に高めた。もはや交渉か、全面戦争を覚悟した軍事的圧力強化のどちらかを選択することが迫られている。

 トランプ氏が、政権スタート時に北朝鮮との交渉をしようとする可能性はある。もしそうであれば、関係国での調整に手間がかかる「6カ国協議」ではなく、2国間での直接交渉を選択するだろう。

 首脳会談になるかどうかはともかく、米朝交渉が実現した場合に北朝鮮が受け入れる結果は決まっている。それは米国が朝鮮戦争の休戦状態に終止符を打ち、米朝平和条約を締結して北朝鮮の体制保障をすることだ。それが実現したならば、米朝関係の急速な改善と東北アジアの非核化が進むだろう。

 だが、この米朝交渉の実現はそう容易ではない。次々と発表されているトランプ次期政権の重要ポストには保守強硬派が目立ち、トランプ氏の北朝鮮政策を左右するだろう。

 11月16日には国務長官の有力候補であるジョン・ボルトン元国連大使は、韓国が多くの対価を払う北朝鮮への先制攻撃はないが米朝対話の意向はないとした。18日には、国家安全保障問題担当の大統領補佐官に決まったマイケル・フリン元国防情報局長は「米韓は核心的同盟であり、トランプ政権は北朝鮮の核問題を優先的に扱う」と言及。

 そしてトランプ氏の外交安全保障顧問を務める元CIA長官のジム・ウールジー氏は、北朝鮮の核関連施設への爆撃を主張している。これらの人たちは、北朝鮮の核開発の解決方法は政権の転覆だとする。

 トランプ政権が交渉での解決に踏み出せなかったり失敗したりした場合、朝鮮半島の軍事的緊張は極めて危険な状態になるだろう。米韓はすでに、北朝鮮へいつでも先制攻撃が出来る状態になっている。

 米韓両軍は合同で北朝鮮内陸部へ潜入する「チーク・ナイフ」演習を1990年代から実施。今年は、10月13日から26日まで韓国・群山(クンサン)で行われた。

 参加した米軍は、嘉手納基地を拠点にして約800人の兵力を有する「空軍第353特殊作戦群」。韓国空軍の輸送機で米特殊部隊が降下訓練を行った。この時、北朝鮮への威嚇のために核弾頭装備の弾道ミサイル搭載の米海軍原子力潜水艦「ペンシルバニア」をグアムに寄港させている。

 この演習の目的は、核・ミサイル施設を破壊する陸軍特殊部隊と物資を目標へ正確に送り込むためのもの。先制攻撃をすることになった場合に備えて、今までより踏み込んだ演習内容となった。米韓はこの他にも、10月10日から21日の「レッド・フラッグ・アラスカ」など、特殊部隊の合同演習を繰り返して実施している。

 10月20日の「米韓定期安保協議」では、米軍の戦略爆撃機や原子力潜水艦などの戦略兵器の朝鮮半島への常時配備を推進することが決まった。米韓は北朝鮮に対し、先制攻撃の実施と政権転覆ための準備を着実に進めているのだ。

 このように、1976年に始まった米韓合同軍事演習は内容を大きく変え、核・ミサイル施設の破壊や金正恩委員長など政府首脳部を狙った訓練を繰り返し実施するようになった。

 米国による北朝鮮への軍事攻撃は、決して絵空事ではない。1968年1月23日、米海軍の情報収集艦「プエブロ号」が、元山(ウォンサン)沖で北朝鮮に拿捕された。その際、乗組員82人のうち一人が銃撃を受けて死亡。

 米国はリンドン・ジョンソン大統領の指示で、報復攻撃を検討。米軍戦闘機が70キロトンの核爆弾を投下するという「フリーダムドロップ」作戦が計画された。しかしベトナム戦争が泥沼化し、北朝鮮への攻撃はソ連の参戦があり得る状況だったため、米国は板門店(パンムンジョム)で謝罪文書に署名。深刻な危機は回避された。

 そして1994年3月、北朝鮮は「国際原子力機関(IAEA)」による査察の一部を拒否し、6月には寧辺(ニョンビョン)の実験炉から燃料棒の抜き取りを行った。ウラン濃縮を行うためだ。

 これに対して米国のビル・クリントン大統領は、核施設への空爆を指示。推定100万人の死者を覚悟で、全面戦争へ突入しようとしたのだ。だが韓国の金泳三(キム・ヨンサム)大統領が、韓国も深刻な被害を受けるとして中止を要請したため攻撃は実施されなかった。このように、米国による北朝鮮への核兵器を含む軍事攻撃は、かろうじて回避されてきたにすぎない。

 米韓政府が軍事攻撃を公然と語るようになり、そのための軍事演習を頻繁に実施するようになったのは、一気に進む北朝鮮の核・ミサイル開発に対しては先制攻撃しかないと考えているからだ。こうした危険な状況に陥っている中で誕生するトランプ政権は、交渉による平和的解決の道を選択することがはたして出来るのだろうか。

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北朝鮮 トランプよりも先を進む安倍政権

 日本のマスメディアの米国のトランプ次期大統領についての報道は、不安と根拠のない希望ばかりだ。その中には、トランプの人種差別主義への危惧もある。移民国家である米国が白人以外の人々を排斥するならば、社会の分裂だけでなく破たんへの道をたどるのは必然だ。

万景峰号
制裁により日本へ入国できず、元山(ウォンサン)に係留されたままの「万景峰92号」(2016年5月29日撮影)

 しかし、米国を心配している場合ではない。すでに、日本社会はとんでもない状況に陥っている。一昔前には考えられなかったヘイトスピーチは今や珍しくなくなり、行政は朝鮮学校への差別措置を平然と実施している。

 こうした民族排外主義のまん延は、第1次安倍政権の時から顕著になった。拉致事件を起こした北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への徹底したバッシングで首相になった安倍晋三。

 北朝鮮に対する異常で陰湿な敵視政策を推進し、拉致問題を含む日朝間の急がれるさまざまな重要課題の解決を困難にさせてしまった。また北朝鮮だけでなく、韓国・中国までバッシングする日本社会の雰囲気を定着させた。

 民族排外主義を信奉する最高権力者として、トランプよりも先を進む安倍政権。その御先棒を担いできたマスメディアは、人の振り見て我が振りを正すべきだ。

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北朝鮮での隠し撮り映画はなぜ作られるのか?

 ロシア人のヴィタリー・マンスキー監督が制作した映画『太陽の下で-真実の北朝鮮-』が、来年1月に日本でも劇場公開される。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)から2年間かけて撮影許可を取り、平壌の一般家庭で1年間かけて撮影したという。

平壌の街
平壌の街(2016年8月26日撮影)

 監督は、8才の少女・ジンミを中心とした模範労働者一家の日常生活を描こうとした。だが、親の職業やクラスメイトとの会話はシナリオに沿ったもので、北朝鮮側の監督が一家に演技をつけたという。そこで目的を変更して、そうした「舞台裏」を隠し撮りしたというのだ。こうした手法での映画にロシア政府は、ヴィタリー・マンスキー監督への非難声明と上映禁止を発表した。

 北朝鮮で3本のドキュメンタリー映画を撮影したことのある私は、この監督の姿勢に大きな疑問がある。北朝鮮で制作されるドキュメンタリーは、被写体にいきなりカメラを向けるということはあり得ず、必ず相手の同意や許可を得て撮影されている。

 そのため、私が街頭で通行人へカメラを向けると、とんでもない剣幕で抗議されることがたびたびある。事業所での撮影の場合は、なぜ外国人が撮影希望をしているのかを私を受け入れている機関が時間をかけて説明し許可を得ている。朝鮮では、ドキュメンタリー映画であれ劇映画であれ、そのような方法で作るのがルールなのだ。

 自分の国と北朝鮮とでルールが異なるからといって、完全に無視するのは間違いである。かつてのソ連でも、今の北朝鮮と同じようなルールで撮影していたはずだ。

 実は私の1本目の映画撮影の際も、撮影許可を出した地方都市の人民委員会がさまざまな準備をしていた。例えば、労働者の通勤風景を撮りたいと希望したところ、たくさんの労働者が行進するように一斉に歩いて来た。

 こうしたことは、北朝鮮側のサービスなのである。少しでも、北朝鮮らしい映像を撮って欲しいのだ。そのことに気づいた私は、それをやめるように強く申し入れた。すでに撮影した過剰演出の部分は映画に使わなかった。2本目からは、極端なサービスはなくなった。

 ヴィタリー・マンスキー監督は、自分が受け入れられない演出だと思った段階で、北朝鮮の監督と話し合ったのだろうか。そうしなかったとしたら、制作に責任のある監督として失格である。話し合いが決裂したのであれば、そこで撮影を中止すべきだった。

 北朝鮮で撮影され、本来の目的と異なった内容のドキュメンタリー映画が今までに何本も発表されてきた。それらはどれも、北朝鮮を批判的に描いている。そのため、『太陽の下で』も最初からその手法で撮影しようとしていたのではないかと疑ってしまう。

 北朝鮮の内情を暴露するといった内容の映像は、メディアによってセンセーショナルに取り扱われ大きな利益をもたらす。だがそのことによって、さらに歪んだ北朝鮮像がつくられていく。ジャーナリストであるならば、目先の利益に踊らされて魂を売ってはならない。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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