北朝鮮も日本の「産業遺産登録」に反対(下)

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と韓国は、「国連教育科学文化機関(ユネスコ)」の「世界文化遺産」に日本の「明治日本の産業革命遺産」を登録することに反対している。

 また中国は、登録を阻止する活動をしているという。日本が申請している23カ所のうち、3施設で中国人も強制労働させられたというのが理由だ。

 私はかつて、長崎県の「端島炭鉱」へ強制的に連行・労働をされられた在日コリアンを取材したことがある。

徐正雨 自宅
自宅の徐正雨さん(1997年3月撮影)

徐 正雨 (ソ・ジョンウ)
1928年10月2日生まれ/2001年8月2日死亡

 慶尚南道(キョンサムナムド)で暮らしていた時のことです。1943年4月、村役場から「徴用令状」が届きました同じ村から連行されたのは二人で、郡の役所へ行くと数千人も集められていました。年齢は15歳から20歳前後の者が多く、私は最年少でした。

 私の親はおらんから、そんなことなかったけど、皆は親たちが「息子を連れて行ったらあかん」ちゅうて抱きついて泣きよったんです。それを日本の手先の朝鮮の警察官とか役人が、蹴飛ばすようにして連れて行きました。

 そこからトラックと汽車で運ばれ、船で下関に着いたんです。私は300人とともに長崎県の端島炭鉱に回されました。

 そこは海中に作られた人工の島で、通称「軍艦島」といわれ、朝鮮人もずいぶんいました。一種の監獄島ですよ。陸だと朝鮮人が逃げるから、と連れて来られたんだと思います。軍艦島ではもう何度自殺しようと思ったかわからんとです。

 横穴坑に入り、腹這いで石炭を掘らされるうえにガスが出るとですから、苦しくて苦しくて……。背中に石炭をかつぎ、頭にはカンテラをつけているんですよ。とても暑かった。落盤事故も多かったです。

 食べ物と言えば、イワシを大きな釜でグタグタ煮たのと、おつゆと豆粕のご飯を食べさせられました。こればかりだとお腹が痛くなり下痢をするんです。そして具合が悪いと言うて仕事に行かないと、事務所に呼び出されて日本人に棒で殴られるんです。

 炭坑の班長には兵隊出身の韓国人がたくさんいました。実際自殺した者も多く、海に飛び込んで逃げようとしておぼれ死んだ者もいます。毎日12時間くらい働きましたが、まともに給料をもらったことはありません。

 4、5か月後、捕虜収容所にいた捕虜たちと入れ替えに、私たちは「三菱造船所」の仕事で幸町の寮に移されました。それで私の命は救われたとです。もしあのまま軍艦島にいたら、おそらく生きておらんかったでしょう。

 原爆のときは造船所にいてカシメ作業をしとりました。ピカーと光ったあと、バーツと音がして町の方が燃えあがり、造船所の中の物が落ちて来ました。幸町の寮に残っていた約100人は全員死亡したと思うています。

(より詳しい証言を拙著『原爆棄民 韓国・朝鮮人被爆者の証言』に掲載)

 このような事実があったことに蓋をして「世界遺産」登録をしようとするのは、歴史を歪曲する行為である。

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北朝鮮も日本の「産業遺産登録」に反対(上)

 「国連教育科学文化機関(ユネスコ)」の諮問機関は、日本の炭鉱・港湾・製鉄所など23カ所を「明治日本の産業革命遺産」として「ユネスコ世界文化遺産登録にふさわしい」と勧告した。

徐正雨 造船所
登録リストにある「三菱長崎造船所」で被爆した徐正雨(ソ・ジュンウ)さん(1984年10月撮影)

 これに対し韓国政府は、強制徴用された合計5万7900人が労働させられた7施設が含まれていると強く批判。中国政府も反発している。

 そして5月20日、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の朝鮮労働党機関紙『労働新聞』はこれについての社説を掲載した。

 「『明治日本の産業革命遺産』には朝鮮人民の血と涙、苦痛がこもっており、それを登録することは人類文明に対する愚弄だ。これは過去の歴史を否定し、日帝の犯罪を美化する策動の一環である」

 「世界遺産」登録といった文化的なことでも日本と周辺国が対立するのは、アジア諸国で行った加害行為を否定しようとする現在の日本の歴史認識に理由がある。

 来月28日からドイツのボンで開かれる「ユネスコの世界遺産委員会」で、登録するかどうかの審査が、日本と韓国を含む21の委員国によって行われる。

 日本政府は韓国以外の委員国を訪問し、登録支持を取り付けようとしている。これは大きな誤りである。強引に登録を受けたとしても、反対している国の反発は続くだろうし、それらの国の観光客はその場所へは行かない。委員国への工作よりも、反対国との話し合いを優先すべきだ。

 日本政府が、朝鮮人を強制的に連行・労働した7施設も登録しようとするのであれば、大きな前提が必要である。
 7施設は、「産業革命遺産」であると同時に「負の遺産」でもあることを明確にする。そしてそれを、さまざまな形で積極的に啓蒙するということである。(続く)

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北朝鮮との軍事的危機を高める「安保法案」

 政府は5月15日、集団的自衛権を行使できるようにするための安全保障関連法案を衆議院へ提出した。

 「自衛隊の」海外派兵をいつでも可能にするための「国際平和支援法案」と10の法案を束ねた「平和安全法制整備法案」だ。戦争・戦闘をしやすくするための法案であるにもかかわらず、「平和」の文字をつけるなど極めて欺瞞的なネーミングである。

 安倍首相は14日の記者会見で、法案提出の背景を説明した。

 「もはや一国のみで、どの国も自国の安全を守ることはできない時代であります。この2年、アルジェリア、シリア、そしてチュニジアで日本人がテロの犠牲となりました。北朝鮮の数百発もの弾道ミサイルは日本の大半を射程に入れています。そのミサイルに搭載できる核兵器の開発も深刻さを増しています。我が国に近づいてくる国籍不明の航空機に対する自衛隊機の緊急発進、いわゆるスクランブルの回数は、10年前と比べて実に7倍に増えています。これが現実です。そして、私たちはこの厳しい現実から目を背けることはできません」

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平壌市内の「衛星管制総合指揮所」を取材する海外メディア(2012年4月11日撮影)

 このように、「安保法案」が「朝鮮半島有事」を強く念頭に置いたものであることは明白である。

 政府は、北朝鮮の「特別調査委員会」からの報告が遅れていることに対し、経済制裁の再延長や朝鮮総連に対する強圧的な姿勢で応えた。

 これによって日朝関係は最悪な事態に戻りつつある。この法案提出は、それを決定的なものにするだろう。

 戦後70年の今、北朝鮮とだけでなく中国や韓国との関係も悪化したままだ。これは極めて異常な状況であり、明らかに日本の外交政策の失敗である。

 提出された法案はそのことを隠蔽し、国際紛争を軍事的に解決する道へと大きく踏み出そうとするものだ。

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厚労省死亡者名簿にある北朝鮮の埋葬現場

 厚生労働省は4月30日、日本敗戦直後にソ連(ソビエト連邦)によって抑留されて死亡した日本人1万723人の名簿を新たに公表した。

興南の街並
日本時代の建物も残る興南の街並(2012年9月2日撮影)

 そのうち、朝鮮半島北側(現在の北朝鮮)や樺太(現在のサハリン)の北緯50度以南など、シベリア以外の死亡者は2130人。朝鮮半島北側では、興南(フンナム)地区1853人、元山(ウォンサン)地区11人の氏名と死亡年月日が公表された。

 私は、2012年8月~9月に北朝鮮で実施された日本のNGOによる日本人埋葬地調査への同行取材をした。

 1945年8月の日本敗戦によって、日本軍将兵を中心にした約57万5000人がソ連によって収容所ヘ送られた。その多くは日本人だが、日本軍にいた朝鮮人や先住民族のウィルタとニブヒも含まれていた。

 連行された人たちは、飢えと寒さといった過酷な状況の中で森林伐採や鉄道敷設などの重労働に従事させられ、約5万5000人が死亡した。ソ連には、このことへの大きな責任がある。

興南での発掘
興南の埋葬地で調査のための発掘作業をする住民たち(2012年9月2日撮影)

 朝鮮半島北側を管理下に置いたソ連は、そこで暮らしていたり中国東北地方から逃げ込んだりした日本人について、民間人であっても帰国を認めなかった。また、シベリアで労働ができなくなった病弱の将兵たちを朝鮮半島北側の収容所へ送った。

 私の推計では、朝鮮半島北側での民間人・将兵を合せた死亡者は4万人近く。公表された今回の名簿は、そのごく一部でしかない。

 厚労省は、今回の死亡者名簿を2000年以降に入手していたにも関わらず公表しなかった。これは明らかに怠慢である。塩崎厚労相は公表が遅れたことを謝罪したが、高齢化している遺族のことを思えばその責任は大きい。

 日本政府は、2010年に成立した「シベリア特別措置法」によって、抑留された人たちに最高150万円の特別給付金を支給しているが、北朝鮮と樺太は対象外になっている。これは早急に是正すべきである。

興南での法要
見つかった遺骨を前に法要をする日本人僧侶たち(2012年9月2日撮影)

 なお、北朝鮮にある日本人埋葬地についての拙稿は、2012年の『週刊金曜日』6月15日号「日本人墓地訪問と遺骨収集」、『週刊金曜日』9月14日号「戦後初の墓参で遺骨に手を合わす遺族の願い」、『世界』12月号「北朝鮮に残る日本人遺骨」などがある。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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