日朝関係改善に立ちふさがる米国

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の首都・平壌(ピョンヤン)の中心部に、「反帝国主義・反米教育の拠点」と銘打った真新しい豪華な巨大施設があります。それは朝鮮戦争(1950年6月25日~1953年7月27日)の博物館「祖国解放戦争勝利記念館」です。北朝鮮では、朝鮮戦争を「祖国解放戦争」と呼んでいます。
 2013年7月、金正恩(キム・ジョンウン)第一書記はこの記念館の全面的な建て直しを指示し、工事中に何度も現地指導を実施。そして休戦60周年の日の開館式で、自らテープカットをしました。

祖国解放戦争記念館
「祖国解放戦争勝利記念館」のモニュメントと本館(2014年4月30日撮影)

 屋外に新設された「捕獲武器展示場」には、朝鮮戦争だけでなくさまざまな時期に米軍から鹵獲した戦闘機など多種多様な兵器が並んでいます。そして最大の目玉は、1968年1月23日に朝鮮人民軍が拿捕した米国の情報収集艦「プエブロ号」です。1998年から大同江(テドンガン)に係留して展示されてきましたが、それが今は記念館の横を流れる普通江(ポトンガン)に浮かんでいます。
 普通江は大同江に流れ込んでいるのですが、全長約54メートルの船体をそのまま運ぶことは不可能なはずです。疑問に思って案内人に聞いたところ「いくつかのブロックに切断してこの場所へ運んだ」とのことでした。

移設されたプエブロ号と見学者たち
移設後の「プエブロ号」(2014年4月30日撮影)。

 北朝鮮が米国に対話を強く求め続けてきた理由は、米国と結んでいる朝鮮戦争休戦協定を平和条約に変えたいからです。そうしなければ米国の圧倒的な軍事力によって、いつ政権を転覆されるかも知れないからです。
 「プエブロ号」事件の際、米国は核兵器の使用を検討しました。また北朝鮮が1993年に「核拡散防止条約(NPT)」、翌年に「国際原子力機関(IAEA)」からの脱退表明をした際には、米国は寧辺(ニョンビョン)の核施設への爆撃を決定しました。幸いにもそれは、韓国の反対で中止されましたが・・・。米国による北朝鮮への軍事攻撃は、かろうじて回避されてきたに過ぎないのです。北朝鮮が米韓合同軍事演習に強く反発しミサイル発射実験を繰り返すのは、米韓によってそのまま侵攻される危険性があるからです。

 7月30日、米国下院で「米国の対北朝鮮政策20年」との特別公聴会が開催されました。この場で、北朝鮮を圧迫して変化を待つという「戦略的忍耐」政策は効果がなく、米国の北朝鮮政策は失敗であったことが議員たちから提起されました。米国は北朝鮮に何もしなかったのですが、一方の北朝鮮は核兵器とそれを米国へ撃ち込む運搬手段の開発を大きく進めたのです。
 北朝鮮が「祖国解放戦争勝利記念館」を新たに建設したことは、米国との戦略的な対決姿勢を続けることを明確に示そうとしたものです。それは、核兵器保有を続け米国とは安易な妥協をしないという強い意思表示でもあります。
 こうした米朝関係は、日本や韓国の北朝鮮政策を大きく制約します。北朝鮮は、日本人の安否調査についての最初の報告書を9月第2週にも日本側へ伝えるようです。私は、日朝関係が改善の方向へ進むことを強く望んでいます。ですが米朝関係がこのままであれば、すぐに米国が日朝関係改善を妨げる巨大な壁となるでしょう。

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北朝鮮の「聖地」で不思議な体験をした

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の「建国の父」である金日成(キム・イルソン)主席は、1994年7月8日に亡くなりました。彼が生前に公務などで使っていた「錦繍山(クムスサン)議事堂」が、遺体を永久保存するための施設として改築されて「錦繍山記念宮殿」になりました。
 そして2011年12月17日に死去した金正日(キム・ジョンイル)総書記の遺体もここへ保存され、「錦繍山太陽宮殿」と名称が変わりました。建国以来の二人の最高指導者をたたえるためのこの施設は、北朝鮮においてもっとも“神聖”な場所なのです。そのため高い塀に囲まれ、武装した兵士によって厳重に警備されています。

太陽宮殿
正面から見た「錦繍山太陽宮殿」(2012年9月5日撮影)

 私は、「記念宮殿」だった時に訪れたことがあります。外国人はここへ自動車で行きますが、北朝鮮の人々は宮殿へ行くためだけに敷設された路面電車を使うのです。この車両はスイス製で、1995年から3・5キロメートルの間を無料で運行されているとのことです。乗客は、女性は色とりどりの美しいチマ・チョゴリ、男性はダークスーツにネクタイといった正装をしています。
 宮殿へ入るには、クロークでコート・鞄・カメラだけでなく、筆記具・タバコ・ライターまで預け、金属探知機をくぐるなど厳しい検査を受けます。次に、約340メートルもの動く歩道に乗って宮殿へ向かうのです。この上を歩いている人などはいません。
 宮殿へ入ると、高さ5メートルほどの金日成主席の白亜の像があります。現在は金正日総書記の像が並んでいるとのこと。そして3階のホールへとエレベーターで上がります。そこに金日成主席の遺体が、ガラスに覆われた棺の中で深紅の布に包まれて安置されていました。うす暗くした室内で遺体にだけスポットライトが当てられており、荘厳な音楽が流れる中を人々は時計回りにひと回りするのです。
 この後、さまざまな国から金日成主席へ贈られた勲章や、使用していた自動車や列車などを見学。次にソニー製の音声ガイド機器を受け取って日本語に合わせ、それを聞きながら豪華な建物内を見て回るのです。
 最後に、クロークで荷物を受け取ってから宮殿前の広場へ出ます。ここは約300×約500メートルもあり、正面にあたる北側と東側に水をたたえた大きな堀が囲んでいます。

 私はこの宮殿の外観だけでもきちんと撮影したいと思って申請したところ、2003年4月に許可が出ました。宮殿前広場が道路に面するところには、立派な装飾を施した正門があります。何と、少しだけ開けられたその巨大な扉から敷地内へ入れてくれたのです。通常の訪問時のことを考えれば驚きです。
 緊張しながら宮殿を撮影していると、突然、静寂を破って鳥たちのにぎやかで低い鳴き声が聞こえてきました。近くにいた職員たちが、堀の中をのぞき込んでいます。自然な流れで、私も三脚を担いだままでそこへ移動。何と堀の中で、女性がボートを漕ぎながら、飼育されているたくさんの白鳥に餌を与えていたのです。

宮殿の白鳥
宮殿の堀で、白鳥に餌を与えている女性(2003年5月14日撮影)

 雲一つない晴天を映し込んだ青い水面。その上を白い帽子とブラウスの若い女性が、赤いボートをゆっくりと漕いで行く・・・。それをたくさんの白鳥が追いかけている。厳戒体制の「聖地」で、とんでもなく穏やかな光景がありました。それにカメラを向けても、誰もとがめようとしません。私は、それまでに経験したことのない不思議な感覚に囚われたのです。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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