「人道目的の船舶」とは「万景峰92号」のこと

 次の日本と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との政府間(外務省局長級)協議が、7月1日に北京で開催されます。日本政府は、北朝鮮が設置する「特別委員会」の組織・権限などが十分であると判断すれば、制裁の一部を解除するとしています。5月29日に発表された日朝合意では、(1)人的往来の規制(2)送金報告などの規制(3)人道目的の北朝鮮籍船舶の日本入港禁止を解除するとなっています。

万景峰92号厨房
乗船取材で案内された「万景峰92号」の厨房(2004年4月28日撮影)

 ところが日本政府は、船舶の入港禁止解除を一部に限定する方針を固めたというのです。「船舶往来を幅広く認めれば、北朝鮮の工作員や違法物品の輸送に使われかねないと判断」(「日本経済新聞」電子版6月28日)し、「万景峰92号」は解除の対象外にするとのことです。

 久々に大きく動き始めようとしている日朝関係に、日本の外務省北東アジア課はずいぶん張り切っているようです。ところが、日朝合意という外務省の成果に、国内の様々なところが難癖をつけたり圧力をかけたりしています。「万景峰92号」除外の方針もその結果によるものです。

 在日朝鮮人の親族・祖国訪問や朝鮮高校の修学旅行は、「万景峰92号」を使って行われていました。ところが2006年の入港禁止によって、航空機を使わざるを得なくなりました。修学旅行の費用は、「万景峰92号」の時は8万5000円だったのが、10万円余分にかかるようになったのです。
 そして航空機の場合は、中国での乗換えの際の肉体的負担が大きいため渡航を断念している高齢者も多いのです。在日朝鮮人の訪朝者数は、2005年は4000人近くで、その3分の2が「万景峰92号」を利用しました。しかし現在、その数は約2000人まで減少しています。

万景峰92号乗船券
「万景峰92号」の乗船券。運賃は往復で5万円だった。

 「万景峰92号」は、親族訪問をする韓国籍や日本に帰化した人も利用していました。私は乗船取材をした際に、韓国政府を支持する「在日本大韓民国民団」の幹部から声をかけられて驚いたことがあります。日本で暮らすコリアンにとって「万景峰92号」は、北朝鮮で暮らす肉親たちと結ぶ重要な存在です。この船の入港禁止は、その絆を断ち切る極めて非人道的行為なのです。

 そもそも、「万景峰92号」を除外した「人道目的の北朝鮮籍の船舶」など日本へ来るのでしょうか。現在、北朝鮮へ人道支援物資を送っている民間団体は、粉ミルク支援の「朝鮮人道支援ネットワーク・ジャパン」だけです。日本政府が食糧支援を再開したとしても、中国で穀物を買いつけるので日本から運ぶことはあり得ません。

 合意のための協議の際、「人道目的の船舶」に「万景峰92号」が含まれるかどうかについて、日本側はあいまいにしていたかも知れません。ですが朝鮮側は、在日朝鮮人の往来にとって重要なこの船を「人道目的の船舶」としていたのは確かです。23日のこのブログでも指摘したように、「万景峰92号」を除外するのは明らかな合意違反です。

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「万景峰92号」入港規制は解除されるのか?

 最高裁判所は6月20日、在日本朝鮮人総連合会の中央本部の土地・建物について、「マルナカホールディングス」への売却手続きを停止する決定をしました。日朝政府間協議の今後を左右する重要な懸案は、「政治判断」でとりあえず解決を先送りされました。

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が設置する日本人調査のための「特別調査委員会」をめぐり、近く次の日朝政府間協議が開催されます。日本政府はその内容によって、日本が独自に実施している制裁のうちの一部を解除することにしています。5月29日に発表された合意事項では次にようになっています。

 「北朝鮮側が包括的調査のために特別調査委員会を立ち上げ、調査を開始する時点で、人的往来の規制措置、送金報告及び携帯輸出届け出の金額に関して北朝鮮に対して講じている特別な規制措置、及び人道目的の北朝鮮籍の船舶の日本への入港禁止措置を解除することとした」

 このうち「人的往来の規制措置」は、「日本人調査」のために日本の国家公務員が訪朝する必要が出てくることもあり全面的解除になりそうです。
 ところが入港禁止措置を解除する対象に「万景峰92号」(初代「万景峰号」という老朽化した別の船が羅先からの金剛山観光に使われている)が含まれるかどうかについては、日本と北朝鮮では解釈が異なっているのです。
 太田昭宏国土交通相は5月30日、「万景峰号については認めない。制裁解除に入っていないと官房長官も明言している」と述べ、「万景峰92号」は解除対象ではないとしました。一方、宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使は6月2日、「人道主義のための船舶なので、日本側と協議したい」と述べ、「万景峰92号」も対象になるという認識を示しています。

元山の万景峰92号
日本の制裁によって元山(ウォンサン)港に係留されたままの「万景峰92号」(2012年9月1日撮影)

 日本は北朝鮮に対し5月の日朝協議以降に、「特定失踪者」470人の調査を求めたり、2002年に提出した拉致被害者の安否に関する約150項目の質問書への回答を求めたりしています。合意した後に大きな要求を出し、ハードルを一気に上げたのです。これでは、“合意違反”と言われても仕方がないでしょう。

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日朝合意内容の報道についての問題点

 5月26~28日にスウェーデンで行われた日本と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との政府間(外務省局長級)協議で、大きな成果がありました。日本の多くのマスメディアの、日朝合意の内容に関する報道には問題点があります。
 合意事項には、北朝鮮側による「日本人調査」だけでなく、日本側は「日朝平壌(ピョンヤン)宣言にのっとって、不幸な過去を清算」することも明記されているにもかかわらず、そのことをほとんど報じていません。日朝間の「懸案事項」は拉致問題だけではなく、日本による朝鮮統治の清算もあるのです。過去の過ちを反省して正すことは、これからの日本にとって必要なことです。
 そしてマスメディアは、北朝鮮が実施する調査の対象に拉致被害者と「特定失踪者」だけでなく、日本人遺骨・埋葬地、残留日本人、日本人配偶者も含まれていることへの危惧を報じました。対象を広げることで、拉致被害者と「特定失踪者」の調査がおざなりになるのではないかと・・・。しかしそれは、この数年間に日朝で続いてきた重要なやり取りをまったく理解していません。

 2012年4月16日、宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使が、訪朝した日本の元国会議員らに対し、日本人埋葬地への墓参と遺骨収容は民間レベルでも構わないと表明。それまでの、中井洽・衆議院予算委員長(当時)との秘密交渉を踏まえての公表でした。宋大使の発言を聞いた私は、日朝関係が今から大きく動くだろうと確信しました。
 その時から現在に至るまで、日本人埋葬地への墓参団が9回も訪朝しました。しかも毎回20人ほどのメディアの同行を認め、地方都市の農村部でも撮影制限を一切しませんでした。一方の日本政府は、北朝鮮への独自制裁として実施してきた渡航自粛勧告を、この墓参団については解除しました。長年にわたり日朝関係を取材してきた私には、こうした双方の対応は大変な驚きです。
 このように、北朝鮮が日本との関係改善のために本気で動き出したのは2年以上も前からで、墓参団訪朝の積み重ねの上に今回の画期的な日朝合意があるのです。

興南の埋葬地
興南(フンナム)の日本人埋葬地。調査のために遺骨が発掘された(2012年9月2日撮影)

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建設ラッシュのために大規模浚渫

 私が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へ最初に行ったのは20数年前。その頃と今とでは何がもっとも変わったかと言えば、高層ビルが増えたこと。とりわけ金日成(キム・イルソン)主席生誕100年の2012年に向けて、古いアパートの改装や道路の再舗装から始まり、モニュメント的な巨大建築物が北朝鮮各地で造られました。その代表的なものが万寿台(マンスデ)地区の倉田(チャンジョン)通り高層アパート群。もっとも高い棟は45階建てです。
 生誕100年での最大の記念行事である閲兵式が行われた4月15日の金日成(キム・イルソン)広場。私はその式典会場にいました。軍事パレードが始まり、兵士や兵器が入場して来る東の方を見ると、絵に描いたように整った形の高層アパート群がその背景に並んでいました。実に見事な演出でした。

 現在も建設ラッシュが続いています。平壌(ピョンヤン)市内を流れる大同江(テドンガン)には、たくさんの浚渫船が浮かんでいます。こうした流れの緩やかな川では砂が堆積しやすく、それを放置すると川床が上がって水害を引き起こします。大雨が降った2007年8月には、大同江の堤防の隙間から流れ出る水を食い止めるため、たくさんの人が土嚢を積んでいるのを見ました。堤防決壊の一歩手前でした。
 現在、大同江で行われている浚渫作業は、それだけが目的ではありません。建設作業に必要なコンクリートを製造するため、川砂を確保しようとしているのです。大規模に浚渫が行われていることからすれば、これからもかなりの数の建設工事が行われるのでしょう。

大同江の浚渫船
羊角島(ヤンガクド)ホテル横の大同江に浮かぶたくさんの浚渫船(2014年4月30日撮影)

 5月13日、平壌市・平川(ピョンチョン)区域で、建設中の23階建てアパートが崩壊し、多数の死傷者が出ました。「朝鮮中央通信」は「住宅の施工をいい加減に行い、それに対する監督・統制を正しく行わなかった幹部らの無責任な行為によって重大な事故が発生」と報じました。平壌中心部での重大事故なので、異例の公表をせざるを得なかったのです。
 建設ラッシュの中で、同じように突貫工事で造られた高層ビルはたくさんあります。倉田通りの高層アパートの工事現場を見ていたら、たくさんの人が人海戦術で建設しているようすが良く分かりました。同じような時期に完成した他の建築物の安全性に問題はないのでしょうか。

建設中の45階建て高層アパート
万寿台地区の45階建て高層アパートの建設工事(2011年11月3日撮影)

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「よど号グループ」は北朝鮮追放を覚悟したのか?

 「よど号事件」といっても、若い人には分からないでしょう。1970年3月31日、「共産同赤軍派」の9人が、羽田発・福岡行の日本航空351便(愛称「よど号」)をハイジャックし、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へ亡命した事件です。
 そのメンバーは、5人がすでに死亡しました。現在、メンバー4人と妻2人が平壌で暮らしているのですが、そのうちの3人が拉致事件への関与を疑われて国際指名手配されています。彼らはハイジャック事件を反省し、そのことで服役することは覚悟しています。しかし、拉致事件で裁かれることを拒否しているため、日本へ戻ることが出来ない状態です。

よど号の4人
左から魚本公博さん・赤木志郎さん・小西隆裕さん・若林盛亮さん(2009年4月13日撮影)

 平壌(ピョンヤン)で暮らす彼らを、私は今までに何度か取材していくつかのマスメディアで発表しています。この5月上旬にも、小西隆裕さんと若林盛亮さんに会いました。その時に彼らは、5月下旬にスウェーデンで開催された日朝政府間協議で合意された拉致被害者などへの再調査という内容を、すでに知っているかのような発言をしました。
 「日朝協議で拉致事件の再調査が決まれば『よど号グループ』について取り上げられる。すでに表明しているが、拉致事件への関与について第3国での日本政府の聴取を受けてもよい」。
 そして「朝鮮政府が、自分たちを日本へ送還しようとしたら断固として反対する」と述べたのです。彼らは今まで、北朝鮮政府が自分たちを送還するようなことは絶対にないと言ってきたので大きな変化です。日朝関係を大きく改善しようとしている金正恩(キム・ジョンウン)第1書記であれば、自分たちの追放を決断する可能性があると思い始めたのでしょうか。

 日朝合意が発表された後、「よど号グループ」からメールが届きました。それには「(自分たちのことが)かなりマスコミで取り上げられるようになり、こちらも多少、驚いています」とありました。今後の日朝政府間でのやり取りの中で、「よど号問題」が大きく動くかも知れません。

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北朝鮮取材のブログ始めました!

 おっかなびっくりで「1度だけ」と思って取材に行った北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)。ところが、日本の隣国でありながらあまりにも知られていないこの国は、ジャーナリストの好奇心をひどくかき立てたのです。そしてこの国の姿を、少しでも国際社会へ正確に伝えることの必要性も痛感しました。
 それまでにいろんな国で、多様な思想・文化や社会体制を見てきた私は、北朝鮮に予断や偏見を持たずに接することが出来たのです。結局、大変な苦労をしながらも北朝鮮各地でさまざまな取材を次々と行い、マスメディアで発表してきました。

 このブログでは、北朝鮮での最新取材の一部をお伝えします。北朝鮮では、事件・事故を含めさまざまな体験をしました。メディアで発表する機会がなかったエピソードや裏話などもご紹介します。お楽しみに。

140430主体思想塔からの金日成広場
主体(チュチェ)思想塔から見た金日成(キム・イルソン)広場(2014年4月30日撮影)

 当然のことですが、このブログの記事と写真は私に著作権があり、日本の「著作権法」と国際条約で保護されています。無断使用することは出来ませんので、ご注意ください。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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