北朝鮮 羅先経済特区を徹底取材(2)

  『週刊金曜日』2015年10月23日号の「日本の経済制裁を逆手に活発な投資続ける中国やロシア、韓国」を2回に分けて掲載する。

ロシア料理食堂
ロシア料理店のロシア人副社長と朝鮮人従業員たち(2015年6月22日撮影)

●積極的なロシア
 羅津地区にロシア料理店があるというので行ってみた。取材を申し込むと、「ノーヴィーミル」のロシア人副社長が快く応じてくれた。

 「この会社の本業は貿易です。羅先でのホテル運営や建設業、海産物・農産物の加工貿易など、事業拡大に明るい展望を持っています。ロシアと朝鮮の貿易拡大はお互いの利益になりますよ」
 このロシア企業は、ロシア料理店を羅先での事業拡大の足がかりにしようとしているのだ。

 「大韓貿易投資振興公社」発表の、韓国を除いた朝鮮の昨年の貿易額は76・1億ドル(約9100億円)。中国はその90・1パーセントを占めるが、ロシアはわずか1・2パーセントでしかない。

 ロシアとの経済関係について「社会科学院」の李基成教授は次のように語る。
 「現在の貿易取引は中国がもっとも多いのですが、ヨーロッパ・東南アジア・中近東へと多角化する方針です。ロシアはウクライナ問題もあり、朝鮮との経済関係の強化をしようとしています。ロシアから釜山までの鉄道建設については、わが国よりもロシアの方が積極的ですよ」

 2001年8月、金正日総書記とロシアのプーチン大統領が「朝ロ・モスクワ宣言」に署名し、シベリア横断鉄道と朝鮮半島縦貫鉄道との連結などを合意。それにもとづき2008年4月に、ロシアが70パーセントを出資して朝ロ合弁企業「羅先コントランス」が設立された。

 昨年9月には羅津港とロシアのハサンとを結ぶ54キロメートルの鉄道の改修工事を完成させ、11月に羅津港の第3埠頭改修と浚渫工事を終えた。「羅先コントランス」は、この鉄道・埠頭の49年間の租借権を得た。中国への極端な依存を是正しようとする朝鮮に、ロシアが積極的にアプローチをしているという構図である。

 いよいよ「羅先経済特区」の心臓部である羅津港へ向かう。ゲートで厳しいチェックを受け、最初に朝鮮と中国などが使用する第1・第2埠頭へ案内される。埠頭や倉庫は老朽化が目立つ。

第3埠頭
羅津港第3埠頭のロシア人責任者と朝鮮人労働者たち(2015年6月23日撮影)

 第3埠頭は高いフェンスで囲まれており、ハサンからの線路が引き込まれている。ロシア人の警備責任者に引率されて中へ入る。埠頭への中は、石炭がいたるところに山積みになっている。

 埠頭だけでなく、ロシア製の機械設備も新しい。巨大な4基のガントリークレーンやたくさんの重機が動き回り、ロシアの貨車からあわただしく石炭を降ろしている。大変な活気である。ちょうど、石炭を積み込んだ5万トンの貨物船が、中国へ向けて出航して行った。

 第3埠頭責任者のロシア人のソロモン・ユーリ・ドミトリーイエビッチ司令長がインタビューに応じた。
 「第3埠頭は年間400万トンの取り扱いが可能です。この埠頭の運用は、朝鮮とロシアに利益をもたらします。今年1月からは、シベリア産の石炭を本格的に扱うようになりました。中国がおもな輸出先です。中国経由で日本にも送りたいですね。経済には国境はありませんから」

 昨年4月、プーチン大統領の側近のガルシカ極東発展相が訪朝。2020年までに、貿易額を現在の約10倍の年間約10億ドル(約1200億円)にするとの議定書に調印した。ロシア通貨ルーブルによる貿易代金の決済、鉄道近代化事業へのロシア企業の参加などに合意し、羅先開発の推進についても話し合われた。ロシアは朝鮮との経済関係の強化に大きく踏み出そうとしている。羅津港第3埠頭の熱気は、それを予感させるものだ。

●日本企業を拒まない
 朝ロ合弁で動き出した「羅先コントランス」。2013年11月の「韓国・ロシア首脳会談」で、ここへのロシア出資分の34・3パーセントを、韓国の製鉄会社「ポスコ」・「韓国鉄道公社」・「現代商船」が取得することになった。すでに、第3埠頭で積み込まれた石炭の韓国へのテスト輸送が2回実施された。

 韓国の朴槿惠(パク・クンヘ)大統領は、ユーラシア大陸との物流とエネルギー輸送を促進する「ユーラシア・イニシアチブ」という政策を掲げている。釜山(プサン)からヨーロッパまでスエズ運河経由で45日間かかっている船舶輸送が、朝鮮半島縦断鉄道とシベリア横断鉄道がつながれば約10日間になるという。

 8月5日にはその具体化の一環として、ソウルと朝鮮の元山(ウォンサン)とを結ぶ鉄道「京元(キョンウォン)線」の韓国側9・3キロメートルの復旧工事が始まった。

 「羅先経済特区」の今後については、不安定要因もいくつかある。需要が増大する電力・水の確保や、高速道路・国際空港などのインフラ整備が計画通りに進むかどうかである。また中国経済の減速や、ルーブル急落によるロシア経済の悪化が、大きく影響することもあり得る。

羅先市外国語学院
「羅先市外国語学院」の授業(2015年6月22日撮影)

 「羅先市経済協調局」からは、日本の投資に期待する話もあった。
 「日本は中国東北地方から食糧や石炭を運んでいます。中国の延吉から大連港経由で新潟港まで輸送すると約3000キロメートルですが、羅津港からだと約1000キロメートル短くなるのです。羅先経済特区に日本企業が入ってくるのを拒んだことはありません」

 中国・ロシアと韓国は、羅津港の重要性や朝鮮半島縦断鉄道の可能性、朝鮮の豊富な鉱物資源などを戦略的に見据えて朝鮮と関わっている。日本の政府・経済界もこうしたことを十分に理解しているはずだ。実効がない経済制裁をいつまでも続けることで、日本が経済的に失うものはあまりにも大きいのではないか。

e_04.gif

北朝鮮 羅先経済特区を徹底取材(1)

 『週刊金曜日』2015年10月23日号の「日本の経済制裁を逆手に活発な投資続ける中国やロシア、韓国」を2回に分けて掲載する。

水彩峯水産事業所
「水彩峯水産事業所」の女性労働者たち(2015年6月22日撮影)

 米国との関係改善を進めることができず、難しい舵取りが続く朝鮮民主主義人民共和国。だが経済交流は着実に進めている。その実態を見るため、この国でもっとも開発が進む「羅先経済特区」を取材した。

 同行の女性が、いきなり私のカメラのレンズを手でふさぐ。「ビデオカメラでの撮影は出来ないが写真は構わない」と言ったばかりのこの工場の男性担当者は、苦笑いをしている。

 この従業員約3000人の「水彩峯(スチェボン)水産事業所」は、90種類の水産加工品の70パーセントを中国、残りは国内販売する。中国向けのイカ製品は一つの企業とだけ取り引きしており、この女性はそこから派遣されている中国人責任者。手作業でのイカの処理に「企業秘密」があるという。構内には中国の「吉林省」「黒竜江省」のナンバープレートをつけた大型トラックが並ぶ。

 ここは朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の最北端にある「羅先(ラソン)経済貿易地帯(「羅先経済特区」)の羅津(ラジン)地区である。

羅津区域
羅津地区の街並(2015年6月23日撮影)

●戦略的に重要な港
 朝鮮は外資導入を積極的に推進するため、中央レベルの「経済特区」を5カ所、地方レベルの「経済開発区」を19カ所も設けている。また昨年6月には、対外経済に関わる3つの省庁を統合し「対外経済省」を設置するなど、外資導入に本腰を入れ始めた。

 「羅先経済特区」は朝鮮で最初の特区である。金日成(キム・イルソン)主席は14回、金正日(キム・ジョンイル)総書記は11回も現地視察をしたほどこの特区は重視されてきた。ここは中国・ロシアと国境を接し、羅津港という良港がある。この港は波が静かで水深があり、冬でも凍結しない。

 「社会科学院経済研究所」の李基成(リ・ギソン)教授は「地理的優位性があり、東北アジアでも重要な特区」だと言う。中国の吉林省は海とつながっておらず、極東ロシアには不凍港はウラジオストクしかないため、歴史的にも羅津港は戦略的に重要な存在となってきたのだ。

 「羅先市人民委員会経済協調局」から「羅先経済特区」の概要説明を受けた。
 「この特区を作った目的は、東北アジア地域の経済交流の活性化と発展のためです。羅先は1991年12月に特別市として制定され、面積は890平方キロメートル。そのうち経済特区は470平方キロメートルです。約150社の外国企業と約30社の合弁・合作企業があります。それは中国がもっとも多く、ロシア・米国・日本・香港・オーストラリア・イタリアといった国からです。日本は7社で、ホテル業・食堂とサービス業・建材業などをしています」

中国語表記のある道路標識
中国語表記もある道路標識(2015年6月22日撮影)

●制裁で日本から中国へ
 羅先市内を車で走ると「中国」が目につく。道路標識には中国語も表記されているし、中国が建設した立派な道路が市の中心部を貫いている。これは、羅津港と羅先市北端の元汀(ウォンジョン)までの約50キロメートルの道路で、そこから中国の琿春までつながっている。この道路によって中国東北地方は、羅津港から海外へ貨物輸送をすることが容易になった。

 加工貿易をしている朝鮮の事業所3カ所を訪ねた。「先鋒(ソンボン)被服工場」は、ベストやオートバイ用の手袋を生産。女性支配人が気さくにインタビューに応じてくれる。

 「中国から材料を仕入れて製品にし、中国への輸出と国内販売をしています。応じられないくらい注文があるので他の工場へ回したいのですが、この工場の作業品質を評価してくれる中国の取引き先が許してくれません」
 日本からの帰国者が社長をしている「羅先大興(テフン)貿易会社」は、広大な敷地に施設が並び、工場には日本製の近代的な生産設備が並ぶ。従業員は支社を含め約1000人。

 「中国と国内向け加工品の生産と、ロシア産のカニを処理してロシアへ戻しています。ロシアはそれをヨーロッパへ輸出しています。製品は税関まで持って行かず、この工場の埠頭から輸出できるんですよ」

 中国とロシアとの貿易が順調なこの事業所は、かつては日本と取引きをしていた。日本の経済制裁で輸出量は2005年から減り始め、翌年にはまったく出来なくなった。冒頭で紹介した「水彩峯水産事業所」でも「加工したウニとカニのすべてを日本へ輸出していたので、2~3年間は経済制裁の打撃を受けた」と担当者が語る。中国へ切り替えた当初は低かった取引価格は、今は上がっているという。(続く)

e_04.gif
広告
広告
広告
プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: