建国70周年の北朝鮮で見えたもの

 『週刊金曜日』2018年10月19日号(同日発売)に掲載した、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)建国70周年の祝賀行事取材による写真と記事を紹介する。

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経済制裁下でも続く発展
英語からITまで人材育成に大変な努力

 朝鮮建国70年という大きな節目の祝賀行事は、どうしても撮影したい。そう思い、昨年から取材交渉を続けてきて何とか実現できた。この26年間には、米国や韓国との軍事的緊張状態が危険なほど高まった中で取材に出たことが何度もある。

行進する少年団
閲兵式で力強く行進する少年団(2018年9月9日撮影)

 そうした時でも、平壌(ピョンヤン)へ行ってみると拍子抜けするほど「平穏」にみえた。だが、光が外へ漏れないように泊まっていたホテルの窓が急に暗幕で覆われたり、軍隊に志願した数百人もの青年たちが軍用トラックの荷台に乗り込むのを見た時にはかなり緊張した。トランプ政権による軍事攻撃の可能性が高まった昨年4月には、初めて家族に「覚悟」を伝えて訪朝した。

 金正恩(キム・ジョンウン)委員長による今年の「新年の辞」で、朝鮮の外交政策の大きな転換が始まる。昨年から今年6月まで4回にわたる残留日本人と日本人妻の取材で、首都・平壌だけでなく咸鏡南道(ハムギョンナムド)咸興(ハムフン)市の個人宅を何度も訪ね、家族たちとも時間をかけて話をした。

 今年2月に行った時には人々は、米国との関係改善が成功するかどうか、ようすをみているようだった。しかし6月12日の米朝首脳会談の直後に訪れた時には、雰囲気は変わっていた。戦争を回避できそうなことへの安堵感と、自国の政策への信頼感が伝わってきた。

 またその背景には、「国連安保理」と日米韓の独自制裁にもかかわらず、経済発展を続けていることもあるようだ。平壌だけでなく地方都市でも、速度は遅いものの着実に進んでいる。その大きな原動力となっているのは、加入者500万人と推定される携帯電話とコンピューターネットワークである。

 さまざまなインフラ整備が遅れている中で、これらへの投資は突出。どの地方都市でも大量のパソコンが並ぶ電子図書館の建設が進み、協同農場や工場にも「科学技術普及室」が設けられた。そこではパソコンで、電子書籍や資料の閲覧やさまざまな講座を受けることができる。平壌の有名大学の受験さえ地方で可能になった。全力で「科学技術大国」を目指しているのだ。

「祖国統一」看板と人々
「祖国統一」の看板とともに行進する人々(2018年9月9日撮影)

 他に大きく変わったのは、小学校から大学にいたるまでITだけでなく英語教育にも並々ならぬ力を入れるようになったこと。国を挙げて人材育成に大変な努力をしている。将来は、世界中に技術者を送り出すようになるかも知れない。

 高い教育水準の人材と膨大な量の鉱物資源は、朝鮮を爆発的な経済発展をさせる力となるだろう。それを実現させようとする朝鮮は、米国からの軍事攻撃を絶対に受けない保障と制裁の解除を必要とする。そのための戦略を、若き最高指導者は着実に実現させているようだ。

北朝鮮 猛暑の農作物への影響は

 世界的な猛暑が続き、8月3日にはスペインのエル・グラナドでは46・4度になった。日本海(東海)の海水温が高いため、それに面する日本や朝鮮半島では高温が続いている。

水泳場の人々
平壌市内にある「紋繍(ムンス)遊泳場」で遊ぶ人たち(2018年6月27日撮影)

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の「労働新聞」2日付は、7月下旬から35度を超えるなど気象観測開始以来の高温を記録し、7月30日には慈江道(チャガンド)で40・7度に達したと伝えている。「前例のない自然災害」によりイネやトウモロコシなどの農作物が被害を受け始めており「総力をあげて闘う」と宣言。

 6月下旬に、平壌市内にある「紋繍(ムンス)遊泳場」へ行ってみた。雨が降っていたので屋外プールで泳いでいる人は少なかったが、屋内は平日にもかかわらずたくさんの人でにぎわっていた。

 私は十数年前に地球温暖化による海面上昇について、マーシャル諸島・ツバル・フィジーで取材。世界の国々が自国の利益を優先して温室効果ガスの大胆な削減ができなければ、地球環境はとんでもない状況になると確信した。

ミリ島の倒れたヤシの木
マーシャル諸島の海岸が海面上昇によって侵食されている(2001年9月撮影)

 干ばつと水害が次々と襲う時代は、私の予測よりもはるかに早くやってきた。年によって差はあるものの、こうした異常気象は「日常」となるだろう。

 北朝鮮の農業は、化学肥料やポンプによる灌漑を減らすなど石油に依存しない「自力更生農業」として成果を上げてきた。しかし長期の制裁を受けてきたことで生産体制に余裕がないため、深刻な自然災害は農作物生産量を間違いなく減らすだろう。

北朝鮮 ライトアップされた高層アパートと行き交う人びと

 『週刊金曜日』2018年7月27日号(同日発売)の表紙に、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の平壌(ピョンヤン)で今年6月30日に撮影した黎明(リョミョン)通りの夜景を掲載する。

180727金曜日表紙

 黎明通りは、昨年4月の金正恩(キム・ジョンウン)委員長によるテープカットの取材から何度も訪れていた。暗くなってライトアップされた高層アパートが立ち並ぶようすを、すぐそばで撮影することを計画。近くの飲食店で、外の明るさを見ながら待機した。

 停車するために、アパートの裏側へ車がゆっくりと入っていくとたくさんの人が行き来していた。アパートの1階には、商店の色の異なる明かりが並ぶ。車から降りて表通りへ移動すると、職場や学校から帰宅する人たちがあわただしく行き来している。お年寄りが、部屋から持ってきたであろう小さな椅子に座り、そのようすを眺めている・・・。

今まで平壌や地方都市の住宅地でこうした生活感のある光景を何度も見てきたが、70階建ての最新アパートでも同じであることに少し驚いた。緩やかであっても、国内経済を着実に発展させていることを強く感じさせられる光景だ。

黎明通り夜景
黎明通りの夜景(2018年6月30日撮影)

 国連安保理と日米韓による厳しい制裁を受けながらも、街を走る車の量に変化はなく、市内の主要施設での大規模なライトアップは今も続いている。他国に依存しない「自力更生」政策が、制裁に耐えられる社会にしたようである。

北朝鮮現地報告第2弾  人民軍兵士にインタビュー

  このブログは平壌(ピョンヤン)のホテルの自室から更新している。

 29日は、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)側から板門店(パンムンジョム)へ行った。今までに約10回行っているが、南北首脳会談が行われた現場の変化を知るためだ。詳細はメディアでの発表前なので控えるが、いくつもの変化があった。

人民軍兵士
インタビューにも応じた人民軍兵士(2018年6月29日撮影)

 昼食は、開城(ケソン)市内の「民族旅館」で開城の伝統料理。李王朝時代の雰囲気のある部屋でかなりレベルの高い料理を食べ、地元が産地の高麗人参の酒を飲む。しかも、伝統楽器・カヤグムを目の前で演奏してくれるのだ。至福の時間を過ごす。

 午後からは軍事境界線に沿って東へ移動し、朝鮮人民軍の監視施設へ行く。以前は、対応してくれるのは将校だったが、今回は何と一般の兵士が対応してくれた。説明を聞いた後、ビデオカメラを向けて質問すると、考えながらも答えてくれたのだ。39回目の北朝鮮取材で初のことだし、驚きである。

 米朝首脳会談後、日本からジャーナリストや研究者がさまざまなルートで入国している。マスメディアからの取材申請もたくさん出されているというが、北朝鮮は極めて慎重だ。

 28日に関西空港の税関は、朝鮮学校の生徒たちが北朝鮮から持ち帰った土産品を没収した。私が3月に北朝鮮で購入した切手を没収する際、税関の責任者は、経済産業省の担当者へ電話して判断を仰いでいた。

 今回も約30人も生徒から没収するには、出先の勝手な判断でやることはあり得ない。経済産業省、つまり日本政府の決定によるものである。「制裁」の名の下に、こんな愚かなことをいつまでもやっているようでは、日朝首脳会談どころか交渉さえも進まないだろう。

北朝鮮現地報告第1弾 3カ月ぶりの北朝鮮取材

 3カ月ぶりの北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)取材に来ている。前回の取材のテレビで2本の特集番組と雑誌への掲載が終わったと思ったらもう次の取材なのだ。4泊した咸鏡南道(ハムギョンナムド)咸興(ハムフン)市から平壌(ピョンヤン)市へ戻った。


咸興会館での朝鮮戦争行事
朝鮮戦争開戦の日の記念行事に、咸興市の公会堂へ集まった人々(2018年6月25日撮影)

 途中の車窓からは、田植えの終わった水田で除草している人たちの姿が見える。場所によって田植えをまだしている。それはオオムギやコムギの収穫を待ったからだ。まだ黄金色の麦畑がいたる所に残っている。

 韓国・中国との関係改善へ歩み出し、米国との首脳会談を終えた北朝鮮だが、街には何の変化もない。話を聞いた若者は、首脳会談を肯定的に評価している。トランプ大統領の顔をテレビや新聞で初めて見たという。

北朝鮮現地報告第3弾 韓国・米国との緊張に満ちた空気

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)取材は、今日で6日目。平壌(ピョンヤン)へ戻ったところで前半が終わった。昨日は馬息嶺(マシンリョン)スキー場で撮影をして、そこの高級ホテルへ宿泊。

馬息嶺
馬息嶺スキー場で、インストラクターから指導を受けるスキー客(2018年2月25日撮影)

 日曜日ということもあり、スキー場は家族や学校でやってきた子どもたちでにぎわっていた。ここには10のゲレンデがある。山頂の上級者用ゲレンデで滑っている人はかなり少ない。ただ私には、コースの状態はかなり良いと思われた。

 平昌(ピョンチャン)五輪直前には、韓国から元山(ウォンサン)の空港へチャーター便でやって来たスキー選手たちがここで滑走したが、かなり満足したことだろう。

 このスキー場だけでなく首都・平壌も極めて穏やかな光景にみえるが、北朝鮮は現在、韓国と米国との関係がどのようになるかの正念場にある。取材でも、そうした空気を感じている。

北朝鮮現地報告第1弾 厳寒の中でも活気のある平壌

 今の時期に、極寒の地へ来るのはためらいがあった。昨年8月から半年ぶりに、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へ20日の夕方に入った。

冬の平壌の街
平壌の街を走る車(2018年2月20日撮影)

 飛行機から見た川や湖は凍てつき、大地は寒々としていた。例年よりかなり寒いという。だが市内に入ると、誰もが厚着をしているもののいつもと変わらない活気のある光景があった。走っている自動車の数も、減っていないようだ。

 ホテルの部屋は暑いほど暖房が効き、お湯は勢いよく出る。夕食はおいしく、その食材は豊富だ。厳しい制裁を受けている国とは思えない。

 今回も、忙しい取材の合間に地方都市からも最新情報を送る予定だ。

北朝鮮 金永南氏が健康ぶりを示す

祝賀宴での金永南・最高人民会議常任委員会委員長(2017年8月15日撮影)
祝賀宴での金永南・最高人民会議常任委員会委員長(2017年8月15日撮影)


北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の首都・平壌(ピョンヤン)からの、現地報告第3弾。

 8月15日の日本による植民地支配からの「解放記念日」。街にはそれを祝う看板や装飾が数多く設置された。

この日に開催された祝賀行事で、「朝鮮労働党」の党内序列第2位で89歳の金永南(キム・ヨンナム)「最高人民会議常任委員会委員長」が健康ぶりを示した。

 この日、平壌市内の「人民文化宮殿」において午前10時から「白頭山偉人を讃える大会」が開催された。1時間半近くの大会中、舞台中央において拍手や起立を繰り返した。

 午後6時30分から同じ会場内でその祝賀宴が開催された。それは約2時間続いたが、金永南氏は途中で退席することもなく、次々と席へやってくる海外からの参加者と談笑を続けた。

北朝鮮 宋日昊大使が安部訪朝を否定

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使は8月14日、安倍首相の9月訪朝説を否定した。

 宋大使は「朝日関係は解決ではなく対決の方向へ進んでいる。日本政府の制裁措置はその中身を増やしており、それは米国のコントロールによるもの」とした。

そして「安部首相の9月訪朝の話は完全なウソ。もし訪朝しても関係改善はできない。小泉元首相は2回の訪朝をしたが変わらなかった。9月訪朝説は、墜落する(支持率低下)状況に対するものでは」と語った。

北朝鮮から最新情報!

米朝の軍事衝突の危機が極めて高まっている中で、平壌(ピョンヤン)に滞在している。



今回、平壌への北京からの航空機の乗客は、外国人ではやはり中国人が多く、次いで欧米人だった。日本人は私だけ。米国政府は、9月1日から自国民の北朝鮮への渡航を一部の例外を除いて禁止する。米国からの渡航者は年間約1000人もいたが、隣国・日本からの日本人は年間数百人。すでに渡航禁止をしているようなものだ。



  4か月ぶりの北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)取材だが、街の変化は感じられない。滞在している平壌の「羊角島(ヤンガクド)ホテル」は、大同江(テドンガン)の中州にある。夜遅くまで浚渫作業の音が聞こえてくる。それは建設ラッシュが続いているため、セメント用の川砂を必要としているからだろう。



昨日まで、海に面した地方都市に5泊していたが、海水浴場は平日でも賑わっていた。飲み物などを売ったり、浮輪などを貸したりする出店がいくつも並ぶ。あいにく海は荒れ気味だが、バーベキューやカラオケをしている家族やグループがたくさんいた。



米朝での威嚇がエスカレートし軍事衝突の危険性が高まっているが、現在の北朝鮮はこのように極めて平穏なのだ。

北朝鮮 リスク覚悟のミサイル発射実験の理由は

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は5月14日午前5時27分頃に、平安北道(ピョンアンプクド)亀城(クソン)から弾道ミサイル1発を発射した。飛距離約800キロメートルで飛行時間は約30分。そして高度は2000キロメートルだったという。

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軍事パレードに登場した「火星(ファソン)12」(2017年4月15日撮影)

 このミサイル発射実験によって、北朝鮮との対話路線を進めようとする韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は間違いなく動きにくくなる。そして、今月8~9日にノルウェーで行われた米朝非公式協議によってできた交渉の機運が途絶えるかも知れない。

 4月18日に北朝鮮は中国へ、20日に核実験を行うことを通告していたという。これに対して中国は、実施すれば完全な国境封鎖をすると警告。つまり、北朝鮮の生命線である石油供給も止めるということだ。そのため、核実験は行われなかった。

 北朝鮮は大きなリスクがあることを覚悟しながら、核兵器とそれを運搬する弾道ミサイルの実験を続けている。それは米韓の反応を見たり、軍事的緊張を高めたりするためではなく、それらの技術を完成させることが目的だ。北朝鮮が核・ミサイル開発をする理由は、朝鮮戦争を終結させ米国による軍事的脅威をなくすこと。技術開発が中途半端な状態での交渉は目的を達成できない、と考えているのは確かだ。

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北朝鮮 ガソリン価格は急騰したのか

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に支局を置く「中国中央テレビ」と「AP通信」は、ガソリン価格が急騰したり販売制限がされたりしていると報じている。

給油所
「新坪(シンピョン)休憩所」にあるガソリンスタンド(2017年4月20日撮影)

 4月21日まで北朝鮮に滞在していた私は、地方の道路を走る大型トレーラーをひんぱんに見た。これは今までになかったことだ。道路状況は良くないが、物流は確実に向上している。またいたる所で、大型トラクターが水田の田起こしをしていた。

 北朝鮮でガソリンを買うには、ガソリンスタンドで15キログラム単位の給油券を使う。「中国中央テレビ」は25日、90人民元(約1530円)だったのが160人民元(2720円)に急騰したとした。私はこのガソリン供給状況についても取材している。

 12日に「よど号グループ」4人に会った時には、ガソリン価格はわずかに上昇していると聞いた。20日に話を聞いたある運転手は、15キログラム約12ドル(約1320円)だったのが約15ドル(1650円)に上昇したと語った。

 長距離を走る車に、ガソリンを入れたドラム缶が積まれているのを18日に見た。これは、ガソリン供給が滞ることを予測してのことだったのかも知れない。

 中国が北朝鮮への原油供給を制限し始めたのか、北朝鮮が今後の軍事的緊張を予測して使用を減らそうとしているのかは不明だ。ただ中国が制限したとしても、量は限られているもののロシアからの供給が増えるだろう。

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北朝鮮 人民軍兵士が私のカメラで撮った写真

 日本のマスメディア各社は、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の「朝鮮人民軍創建85周年記念日」である今日、核実験が間違いなく実施されるかのような報道を続けた。だがその「期待」に反してなかった。

 米朝関係は極めて危険な状態だが、マスメディアは政府と共に「北朝鮮の脅威」をさらに煽っている。米国・トランプ政権の危険な冒険を戒めるよう日本政府は動け、との論陣を張るべきではないか。

 私の北朝鮮での14 日間の滞在中、睡眠時間は3-5時間。それは祝賀行事を取材するための荷物検査を受けるために、午前4時にホテルを出るということが続いたりしたためだ。

 海外メディアの人数は約120人。徹底した検査であるため、全員の検査が終わるまで2時間かかる。それを3回受けた。撮影機材などすべての荷物はカゴに入れて預け、検査に本人が立ち会うことは出来ない。

兵士が撮影した写真
軍人が撮影した検査場の絵(2017年4月15日)

 検査が終わったカメラには、私が撮った覚えがない映像があった。検査の人民軍兵士が、カメラが本物であることを確認するためにシャッターを切ったのである。金正恩(キム・ジョンウン)委員長に望遠レンズを向けるのは大変なことなのだ。

 帰国後も睡眠時間を削り、テレビと雑誌のための作業を並行して進め、ようやく一息ついている。今回の取材で撮影した写真は6000枚以上。撮影した動画も膨大な時間になる。あまりにも欲張った取材を実現させたので、発表したいことが山のようにある。

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北朝鮮 あの「柳京ホテル」が来年開業か

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の首都・平壌(ピョンヤン)で建設中の「柳京(リュギョン)ホテル」が来年にも開業するのではないかという。

柳京ホテル
「柳京ホテル」(2016年8月24日撮影)

 「柳京ホテル」の建設が始まったのは1987年。その翌年の韓国でのソウルオリンピックに対抗するために「第13回世界青年学生祭典」が平壌で開催されることになり、それに間に合うように計画された。

 ピラミッド型という独特の外観で、105階建てで高さ約330メートル。客室数は約3000室もある。しかし建設工事は「祭典」には間に合わず、1992年に資金難で中断。その後、外装されていないコンクリートむき出しのみすぼらしい姿をさらし続けていた。

 2008年になり、朝鮮で携帯電話事業を展開するエジプトの「オラスコム」の投資により工事は再開。一気に進んだ外装工事によって、近代的な装いに生まれ変わった。

 そもそも平壌には、外国人が宿泊できるホテルはそれほど多くない。私は、国家行事があった際にどのホテルにも空室がなく、自炊用の台所が付いたアパートのような宿泊施設に泊まったことがある。この建物内にレストランはないので、近くの商店まで一人で歩いて行き、そこで買ってきたラーメンなどを作って食べた。

 平壌市内で外国人が利用できる主要ホテルを紹介する。格付け特級の「羊角島(ヤンガクド)国際ホテル」は客室が1001室で、地下には外国人だけが利用できるカジノがある。大きな国家行事の際に外国のテレビ局が中継をするのは、このホテルのテラスからである。このホテルは団体観光客が多くて夜中までうるさく料理はまずいために、私はよほどのことがない限り泊らない。

 「平壌高麗(コリョ)ホテル」も特級で、部屋は約500室。平壌駅やビジネス街に近いために街のようすが良く分かる。ただ、客室の天井が低くて圧迫感があるので、私は好きではない。

普通江ホテル
「普通江ホテル」(2016年8月22日撮影)

 普通江(ポトンガン)沿いに建つ緑に囲まれた「普通江ホテル」は、古いものの内装・外装の工事がようやく終わり居心地の良いホテルになった。「統一教会」はこのホテルと「平和(ピョンファ)自動車」の運営を長らく行ってきたが同じ時期に撤退している。このホテルの食堂では、価格は高いものの日本国内と同じグレードの日本食を出していたが、今年8月にいくつか食べたところ味が落ちていた。

 これ以外には、大同江(テドンガン)沿いに建つ「平壌ホテル」。在日朝鮮人の多くが利用するのは割引料金で宿泊できるからだ。「朝鮮新報」平壌支局はこのホテル内に置かれている。

 そしてその近くには歴史ある「解放山(ヘバンサン)ホテル」がある。「労働新聞社」が隣にあり、ビジネス街を行き来する人たちのようすが客室から見える。かつては低料金だったので定宿にしていたが、改装後に大幅値上げをしたので今は利用していない。

 日本人がほとんど泊まったことのないという小さなホテルを使うこともある。料金は特級ホテルの半額なのだが、客室数が極端に少ない。しかも、中国などのビジネスマンが長期宿泊しているため、私は3回ほどしか泊まれていない。

 朝鮮の地方都市にある「香山ホテル(ヒャンサン)ホテル」や、スキー場に併設された「馬息嶺(マシンリョン)ホテル」などは1泊3万円もする。「柳京ホテル」にも泊まってみたいが、はたしてどのような価格になるのか。

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北朝鮮 「核実験完了」宣言の真偽は?

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が9月27日、核兵器開発のための実験完了の宣言をしたとロシアの複数のメディアが報じた。

銅像
金日成(キム・イルソン)主席と金正日(キム・ジョンイル)総書記の銅像(2016年8月20日撮影)

 それらの報道によると、ロシア駐在北朝鮮大使館はこの日、現地メディアに声明を配布した。9月9日に実施した第5回目の核実験によって、戦略弾道ミサイルに装着する核弾頭の特性・作用・技術性能・威力を点検。

 そのため、核兵器の研究・開発業を基本的に完了させたとしている。つまり、これ以上の核実験を行わない可能性があるということだ。

 この極めて重要な発表が、平壌からではなくロシア駐在大使館から行われたということに不自然さはある。

 国連安全保障理事会と日米韓によって強化が検討されている制裁は、核実験実施への懲罰であるよりも、さらなる実験への抑止という意味合いが大きい。ところが北朝鮮がこれ以上の核実験を実施しないならば、それはほとんど無意味となる。

 もしロシア駐在大使館の宣言がその通りであるならば、米国と日本・韓国にとって北朝鮮との交渉の絶好の機会である。

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北朝鮮 「ビール祭り」へ2回も行ってしまった!

 8月20日から、今年2回目の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)取材を行った。前回からわずか2カ月にもかかわらず、いろんな変化があった。

ビール祭り全景
「ビール祭り」は、クルーズ船「虹(ムジゲ)号」を含めた大同江沿いで実施(8月24日撮影)

 その一つが、平壌(ピョンヤン)市内を流れる大同江(テドンガン)の川岸で「平壌大同江ビール祝典」が開催されていたことだ。

 平壌郊外にある「大同江ビール」工場を取材したことがある。英国の廃業したビール会社の製造プラントを輸入し、10種類近くのビールを製造。こくと旨みのある味は市民に圧倒的な人気を得て、他の銘柄を駆逐してしまった。

 「ビール祭り」は、8月12日から月末までの午後7時から12時まで営業。ここで提供されるビールは7種類で、50~250朝鮮ウォン。サイズは大ジョッキだけ。この国では、瓶ビールも大瓶しか製造されていない。酒は豪快に飲むのが当然なのだ。

 21日の午後7時半に行ったところすでに席はなく、会場の片隅で立ったまま飲むことになった。次々と来場者があり、通路にも人が溢れている。

ビール祭りウェイトレス
制服姿の女性従業員たちが、ビールジョッキを持って走り回る(8月24日撮影)

 うまいビールが屋外で飲めるだけでなく、人々と触れ合うこともできるため、 24日は営業開始時間前に会場へ行った。ところが席を確保するために、たくさんの人たちがすでに入場していた。

 平日であるにもかかわらず、この日もあっという間に人で溢れる。座っているのが外国人であることが分かっていても、「相席させてくれ」と次々と声をかけてくる。こうした事はこの国では極めて異例なことだ。

 あまりにも大人気なため、この「ビール祭り」は9月9日まで延長されることになった。平壌市民に経済的ゆとりがさらに生まれていることもあるが、娯楽施設が少ない中で、屋外の開放的な雰囲気の中でビールを飲む朝鮮初のビアーガーデンという企画が大ヒットした理由だろう。

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朝鮮民主主義人民共和国の「自力更生」農業(下)

制裁強化の中で脱石油への取り組み

 穀物収穫量を大きく回復させた朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)では現在、食料の質を高める取り組みが行われている。また慢性的エネルギー不足のなかで、化石燃料に頼らない農業への取り組みも進む。

洗浦畜産基地
「洗浦地区畜産基地」の広大な牧草地と農場員たち

 山のすそ野に広がる草原に、たくさんのウシが草を食んでいる。「愛国牛(エグクソ)」と名付けられた大きな体のこの肉牛は、1982年から日本より輸入された「短角牛(たんかくぎゅう)」が基になっている。ここの大根で作った沢庵が、日本へ輸出されたこともある。
 ここは江原道(カンウォンド)の「洗浦(セポ)地区畜産基地」。韓国との軍事境界線に近いこの場所で、一大国家プロジェクトが推進されている。

●草食家畜を育てる
 国連「世界食糧計画(WFP)」は6月27日、「北朝鮮支援事業報告書」を発表。それによると朝鮮国民のタンパク質と脂質の摂取量は、国際基準の70~85%だという。

 穀物生産量が急速に増加しつつある朝鮮は、食料の栄養価を高め多様化させる大規模な取り組みを行っている。「社会科学院経済研究所」の金光男(キム・グァンナム)農業経営研究室長に話を聞く。
 「『草と肉を取り替えるように』というのは、偉大な指導者たちの遺訓です。わが国は耕地面積が少ないため、穀物飼料での畜産には期待できません。草食家畜を育てることがもっとも適した方法です」

 それを大規模に実施しているという「洗浦地区畜産基地」へ向かう。日焼けした任泰元(イム・テウォン)洗浦地区牧草地局長が出迎えてくれる。洗浦地区は海抜が600メートル以上あり、海からの強風が吹いて冬は氷点下30度にもなるので農業には不適だという。この畜産基地の牧草地面積は約5万ヘクタールもある。本格的な建設が始まったのは12年12月からで、ウシにもっとも力を入れているがヒツジ・ヤギ・ウサギ・ブタも飼育。軌道に乗れば、世界屈指の畜産基地になるとのこと。
 「加工工場が稼働すると、食肉だけでなく缶詰・ソーセージや、ヨーグルト・バターといった乳製品も生産する予定です。来年は、5000トンの食肉生産を目標にしています」

 「高山(コサン)果樹農場」は、「洗浦地区畜産基地」と元山(ウォンサン)市との中間に位置する。崔宗寿(チェ・チョンス)支配人が対応してくれた。
 「09年6月に、金正日(キム・ジョンイル)総書記の指導で、人民軍の大部隊が派遣されました。78もの小高い山を削って平地にしたのです」
 岩だらけの不毛の地を果樹園にしたという。農場面積3500ヘクタールのうち、果樹を植えているのは2850ヘクタール。その70パーセントがリンゴで、他はナシ・モモ・スモモなど。現在の収穫量は年1万トンほどだが、果樹が成長する20年には6万トンを計画している。

広大な水田
土地整理がされた水田で田植えが行なわれている

●有機肥料生産を重視
 朝鮮の大地を航空機の窓から見ると、大きな貯水池とともに大規模な水路も目につく。それについて「价川(ケチョン)・台城(テソン)湖水路」の記念館を訪れ、案内人の説明を聞いた。
 「金正日総書記は、大同江(テドンガン)の水で灌漑する自然流下式水路を発案し、02年10月に竣工式を行いました。約10万ヘクタールの農地で、水の心配がなくなったんです」

 1990年代後半に続いた大洪水で、平安南道(ピョンアンナムド)の新安州(シンアンジュ)など炭鉱の坑道が水没した。発電できなくなり電力供給が減少、農業用の揚水機が動かなくなった。その反省から、わずかな標高差を利用する灌漑システムが建設された。
 「この水路は全長151・4キロメートルありますが、標高差は23・2メートルです。そんなわずかな落差で水が流れるのかと人々は心配したのですが、科学者たちはその問題を克服して完成させました。揚水機など536の設備が不要になり、約6万キロワットの電力を削減しました」

 朝鮮では有機肥料の生産に力を入れている。どの農場でもたくさんのブタを飼育。その排泄物と都市から運んだ人糞を、稲わらなどと混ぜ発酵させる。こうして有機肥料を生産。南浦(ナムポ)市の「青山(チョンサン)協同農場」では年間約60トンを生産し、化学肥料の使用を約1トンにまで減らしたという。
 「家畜の排泄物で有機肥料を作り、それを穀物生産で使う。この生産システムの目的は、資源のリサイクルだけでなく質の良い農産物を作ることです」
 このように前出の金室長は語る。化学肥料の製造には、石油などの輸入が必要。朝鮮はそれに依存できないこともあり、有機肥料生産を極めて重視しているのだ。

●壮大な試みの未来は
 農業現場での、他の新しい取り組みもある。「将泉(チャンチョン)野菜専門協同農場」で「農業科学技術普及室」を見せてもらう。まだ若い室長が、パソコンを操作しながら説明をしてくれた。

科学技術普及室
協同農場の「農業科学技術普及室」

 「14年6月にここを訪れた金正恩(キム・ジョンウン)委員長の指示で工事が始まり、1年後に完成しました。私は大学を卒業してすぐに、ここへ配属されました。農場員たちは、午後5時から遠隔教育を受けています」

 朝鮮のさまざまな施設に、数十台・数百台のパソコンが並ぶ光景は珍しくなくなった。海外とインターネットでつながっているものは少ないものの、国内は光ファイバーによるコンピューターネットワークが構築されているようだ。農場員たちは農作業が終わってから、ここで大学の授業を受けているという。私は、彼らがこれらを使いこなせているのか聞いてみた。
 「農場員のみんなに1カ月間の講習をしました。彼らの家にもパソコンがあるので、ここで資料をダウンロードして自宅でも学習できます」
 他のインフラ整備が遅れている中で、「科学技術と生産の一体化」という方針に基づき、ITを極めて重視した政策が進められている。

 朝鮮は1948年の建国以来、大国によるさまざまな形での干渉を受け続けてきた。そのため、政治・経済・軍事において自立を目指す必要があった。そうしたなかで、東欧諸国とソ連の崩壊や「国連安全保障理事会」などの制裁もあり、農業を含めた自力更生の道しかなかった。
 90年代後半の国家存亡の危機から抜け出し、経済状況は次第に改善。政府の農業への投資も増えた。大規模な灌漑システム構築と土地整理、有機肥料への切り替え・節水型農法・品種改良などを実施。そして「圃田(ほでん)担当責任制」という、農場員の生産意欲を強く刺激する新たな制度を導入した。これらの取り組みの上に、急速な食糧生産の増加がある。

 そうした朝鮮だが、今後には大きな不安定要素がある。「国連安保理」などによる制裁の強化だ。これついて「社会科学院経済研究所」の李基成(リ・ギソン)教授に聞いた。
 「わが国は輸出主導の経済ではなく、自立経済の土台がしっかりしています。また地下資源に恵まれており、制裁の影響はわずかです」

 朝鮮はいずれ、5回目の核実験を実施するだろう。それに対しては、民生用の石油を含め輸入はさらに厳しく制約されると思われる。そうした事態への対応について質したが、明確な答えは得られなかった。
 自力更生によって自国だけで完結でき、石油への依存を減らした持続可能な社会を目指す朝鮮。環境に関するさまざまな取材をしてきた私にとって、注目すべき取り組みだ。その壮大な試みの未来は、この国をめぐる国際的な政治状況によって決まるだろう。

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朝鮮民主主義人民共和国の「自力更生」農業(上) 生産意欲を一気に高めた新制度

 今年5~6月に行なった朝鮮農業の取材を『週刊金曜日』に掲載した。それを2回に分けて紹介する。なお誌面には(上)9枚・(下)10枚の写真と、詳細な写真説明を掲載している。

 1990年代後半に農業生産システムが崩壊し、多くの餓死者を出した朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)。ところが現在、食糧生産が着実に増えている。この国の知られざる農業政策と、金正恩(キム・ジョンウン)時代の新農業制度について取材した。

農場員たち
「将泉野菜専門協同農場」で子どもたちの競技に声援を送る農場員たち

 子どもたちの歓声が聞こえてくる。「6・1国際児童節」の記念行事をしているというので、託児所へ行ってみる。前庭は身動きできないほどの人であふれ、完全にお祭りムードだ。日焼けしたたくさんの農場員が、小さな子どもたちの競技に割れんばかりの声援を送っている。この「将泉(チャンチョン)野菜専門協同農場」は首都・平壌(ピョンヤン)へ野菜を供給している。

 ところが次に訪ねたすぐそばのトマト温室では、何人かの女性が一心不乱に働いていた。この温室を担当する「分組」責任者に話を聞くと「収穫が増えると自分に与えられる量も多くなるようになった。今では以前の2倍」とうれしそうに語る。楽しんでいる場合ではない、ということのようだ。農場員たちの生産意欲を高めたのは、「圃田(田畑、ほでん)担当責任制」という新農業制度なのだ。

●壊滅した90年代の農業
 朝鮮は1990年代後半に、「苦難の行軍」と呼ぶ国家存亡の危機に直面。原因のひとつは、東欧のいくつもの社会主義国が89年から、ソ連が91年に崩壊したことだ。朝鮮はそれらの国とバーター貿易や友好価格で石油などを入手していた。農業は、輸入する化学肥料・農薬・機械に大きく依存していたが、供給が一度に途絶えてしまう。キューバも同じ状況に陥ったが、朝鮮の場合はそれに追い打ちをかけて95年から毎年のように洪水と干ばつに襲われた。農業生産は壊滅的打撃を受ける。

 朝鮮で生産しているおもな穀物は、コメとトウモロコシ。91年から800万トンを超えていた穀物生産量は、96年に200万トン近くにまで落ち込んでしまう。深刻な食糧不足で、少なくても20万人が餓死した推測されている。

●「主体農法」の現状は

 「社会科学院経済研究所」の金光男(キム・グァンナム)農業経営研究室長に話を聞いた。
 「金日成(キム・イルソン)主席の『社会主義農村問題に関するテーゼ』には農村問題を終局的に解決する方法が綴られています。『テーゼ』実現の過程で、より高くなった農業生産の水準に合わせて打ち出されたのが金正日(キム・ジョンイル)総書記の『党の農業革命方針』です。これらに、わが国の農業方針がすべて出ています」

 これは「主体(チュチェ)農法」と呼ばれており、「少ない耕地で食糧自給を図り、厳しい自然条件を克服するための知恵の集大成」としている。だが海外からは、多くの批判があった。「精神論のみでやり抜く事を要求するというもので、伝統的な経験農法も科学的知識に基づく近代農法もまったく無視していたため失敗」(「ウィキペディア」)

傾斜地の果樹園
草で土砂流出を防ごうとしている傾斜地の果樹園

 その象徴的な事例とされたのが、山の上まで続く段々畑である。これは農地を増やすために、70年代初めに全国一斉に造られたという。しかし大規模な段々畑は、森林を伐採することで山の保水力を落とし、養分だけでなく大量の土砂を流出させる。そして河床が上がることで、洪水が起こりやすくなる。このことについて、金室長に聞いた。

 「現在は、草畦(くさあぜ)段々畑という方法にしています。石を積み上げた畦は、崩れると修復に手間がかかりますが、草を植えた畦だとそうしたことがないからです」

 最新技術を展示する「科学技術殿堂」に草畦段々畑の模型が展示されているほどで、段々畑を減らすことは不可能なようだ。次に、朝鮮での稲作の問題点として指摘されてきた「密植」について聞いた。すると「坪あたりの株数は、農場や地域ごとに決めている。土壌の状態が良ければ密植し、そうでなければ疎植にしている」とのこと。この取材で多くの水田を注意深く見たが、密植といえるものはなかった。

●「圃田担当制」の成果

 朝鮮の農業制度は「協同農場」が基本となっている。ここにはいくつかの「作業班」があり、さらに「分組」に分かれている。「分組は農場員の労働と生活での末端単位で、十分に機能を果たすことができるかどうかで農業生産が左右される」と金室長はその重要性を強調する。

 この「分組」をさらに分けたのが「圃田担当責任制」だ。人数が20~30人の「分組」だと、苦労せずにノルマを消化した人がいても労働の評価が一律になってしまうことがある。それを是正するために、さらに細かく分けたのである。

 この新制度は、個人から数人単位で一定の広さの田畑などを担当。収穫した農作物は、決められた量を政府へ納付すれば、あとは収穫量に応じて農場員へ分配される。収穫量が増えれば増えるほど自らの利益が多くなるのだ。金室長は次のように語った。「圃田担当責任制は、農場員たちの主人としての自覚を高め、自分の力ですべてやり遂げようとする自力更生の精神を強くさせました」

 「圃田担当責任制」が対外的に公表されたのは、14年2月に開催された「全国農業部門分組長大会」へ金正恩委員長が送った書簡だった。その中で「分配における平均主義(略)は農場員の生産意欲を低下させる」とし、「圃田担当責任制」で労働に応じて分配での差別化をはかることが明確にされた。これまでの朝鮮農業は増産のために精神的刺激だけ与えていたが、「圃田担当責任制」で物質的刺激も加えたのである。500キログラム~1トンを受け取る農場員も珍しくないという。

 南浦(ナムポ)市にある「青山(チョンサン)協同農場」は水田を中心にして910ヘクタールあり、農場員は1200人。10の作業班があり、その下の各「分組」の構成は農産4・野菜1・畜産1・トラクター1となっている。長英洙(チャン・ヨンス)管理副委員長に話を聞く。
「この農場では、12年に圃田担当責任制を導入しました。6~8人で構成していますが、家族単位ということではありません。今では個人主義がなくなり、生産意欲が高まりました。その結果、1ヘクタール当たり7~8トンだった米の収穫量は2・5トン増加し、トウモロコシは8トンだったのが3トン増えています」

温水器
温水器とソーラーパネルが備え付けられている「将泉野菜専門協同農場」の住宅

●改善された食糧不足

「社会科学院経済研究所」の李基成(リ・ギソン)教授によれば、朝鮮の穀物生産量は12年度が529万8000トンだったのが、13年度562万4000トン、14年度571万3300トンと急速に増えた。李教授の試算では、食用だけでなく、工業原料用・畜産用を含めた必要量は約700万トンなので、まだ穀物は不足している。まだ15年の統計は未発表だが、深刻な干ばつによって数年ぶりに減少。その代わりに植えたコムギ・ジャガイモ・マメなどが埋め合わせたという。変動はあるものの、食糧事情が改善に向かっているのは確かだ。私は金室長に、取材で訪れたのは「模範農場」ばかりで、成功例を見ただけではないのかと質した。

 「圃田担当責任制と、先進的な営農技術・肥料という条件が揃った農場では収穫量が大きく増えました。ですが自然災害の影響があったり、技術的に立ち遅れていたり、品種選択が間違っている農場はそうではありません」
 まだ解決すべき課題は多いようだ。しかし朝鮮の農業が、外国からの資金・機械・技術などがあまり入ってこない中で、壊滅的状況から着実に回復してきたことに驚く。
                                        (続く)

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北朝鮮 農業生産増加の理由を現地で取材

 『週刊金曜日』2016年8月5日・12日合併号と19日号に「朝鮮民主主義人民共和国の『自力更生』農業」と題した記事と写真を、各号4ページで掲載します。5日・12日合併号の(上)には「生産意欲を一気に高めた新制度」というサブタイトルをつけています。

協同農場の農場員たち
協同農場の託児所で、子どもたちの競技を見る農場員たち(2016年6月1日撮影)

 1990年代後半に農業生産システムが崩壊し、多くの餓死者を出した朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)。ところが現在、食糧生産が着実に増えています。この国の知られざる農業政策と、金正恩(キムジョンウン)時代の新農業制度について取材しました。

 この取材は、2年前に交渉を開始してようやく実現させたものです。外国人ジャーナリストが初取材の場所を訪ねたり、農業関係者たちへの詳細なインタビューをしたりしています。

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北朝鮮の電力不足が緩和した理由は

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対する「国連安全保障理事会」による制裁開始から5カ月が過ぎた。中国からの輸入品の価格が上昇したという話も出ている。また中国への石炭輸出が減少したことによって、火力発電所の稼働率が上昇して電力不足が緩和したという。

平壌夜景
平壌の高麗ホテルからの夜景(2016年6月2日撮影)

 5月~6月に平壌(ピョンヤン)と元山(ウォンサン)で滞在した10日間には、一度も停電がなかった。元山のホテルでは、どの時間でもお湯が出た。

 電力事情が良くなった理由は、輸出できなくなった石炭を国内消費に回したということだけではない。その理由は、水力発電所が順調に稼働していること。昨年と一昨年は深刻な水不足によって水田の苗が枯れてしまうほどだったが、今年はそうしたことがない。

 他の理由は、中国にあまりにも依存している経済構造の改善をはかっていることだ。核・ミサイル実験は、中国との貿易が極端に減少することを承知で実施した。北朝鮮としてはそれを転機として、中国依存経済から脱却しようとしているのではないか。

 成功するかどうかは未知数だが、長期にわたる「安保理」などの制裁を受け続ける中で、北朝鮮は自国だけで完結する社会をつくろうとしているのは確かだ。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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