北朝鮮との戦争の覚悟を求める安倍政権

 日朝は、さらに敵対関係が進みつつある。今までそれはおもに政府間でのものだったが、安倍政権は国民レベルまで積極的に拡大させようとしている。

平壌風景
平壌市内(2017年4月12日撮影)

 日本政府は4月21日、都道府県の危機管理担当者を集めて説明会を開催し、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)からの弾道ミサイルに対する住民の避難訓練を行うよう指示した。それに従い、各地で訓練が次々と実施されている。

 内閣官房の「国民保護ポータルサイト」で着弾情報が流れた場合の行動を示している。
(1)屋外にいる場合は頑丈な建物や地下街に避難
(2)建物がない場合は物陰に身を隠すか地面に伏せて頭部を守る
(3)屋内にいる場合は窓から離れるか窓のない部屋に移動

 このサイトは、昨年2月以降は月30万~40万件だったが、今年4月には約930万件もアクセスがあったという。

 アジア太平洋戦争中、「防空訓練」が日常的に実施された。総務省のウェブサイトには下記の記載がある。
 「防空訓練は中国と戦争を始めたころから定期的に行われていましたが、太平洋戦争に入ってからは日常化し、家庭の主婦までが参加させられるようになりました。訓練は焼夷弾の処理や消化訓練、防毒マスクのつけ方など実戦的な内容でした。しかし、B29爆撃機による焼夷弾の大量投下の前には日ごろの訓練はほとんど役に立ちませんでした。火を消そうとしてかえって、逃げ遅れてしまい犠牲者の数を増やす結果になってしまったのです」

 現在、日本政府が地方自治体に実施させている訓練はこの70数年前と同じ内容である。さすがに、「竹槍訓練」までやれとは言わないだろうが・・・。

 今年4月・5月、米国による北朝鮮への軍事攻撃が実施される寸前までになった。しかしその時の日本国内には、突如として米朝戦争に巻き込まれるかも知れないことへの驚きと動揺が広がった。

 今月16日には山口県下関市が、韓国の姉妹都市への小学生派遣の中止を明らかにした。朝鮮半島情勢の緊迫化がその理由だという。

 日本政府が全国で実施させようとしている避難訓練は、言葉だけでなく実際に行動させることによって、北朝鮮への恐怖心を感じさせようとするものだ。戦争が出来る国にするため次々と立法を強引に行った安倍政権は、市民に北朝鮮との戦争への覚悟を求めようとしているようだ。

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「拉致問題」で切り捨てられた帰国への思い

「週刊金曜日」2017年6月2日に号へ掲載した記事を紹介する。

 日本敗戦時の混乱で、朝鮮半島北側から帰国できなかった「残留日本人」。そして帰国事業で朝鮮人の夫とともに海を渡った「日本人妻」が取材に応じた。日本政府は、彼女ら朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)で暮らす日本人の帰国や里帰りへの取り組みをやめている。

荒井
荒井琉璃子さん(2017年4月13日撮影)

 1945年8月15日の日本敗戦で、朝鮮半島は北緯38度線で南北に分断。北側を管理したソ連は、そこに居住していたり中国東北地方から逃げ込んだりした日本人の帰国を認めなかった。その年から翌年にかけ、飢えと寒さと伝染病で民間人約2万4000人、将兵約1万600人が死亡。その極限状態の中で親から朝鮮人に託されたり、肉親とはぐれたりした子どもたちがいた。また工場などを動かすために、技術者とその家族が留め置かれた。

 朝鮮半島北側から引揚げた日本人は約32万人。ソ連管理下での日本政府による引揚げ事業は、46年12月から48年7月まで実施された。厚生労働省によると「未帰還者」として家族から届けられているのは1442人。その内訳は男性が約1000人で半数が軍人・軍属、女性は約400人。だが実際は、この数字を大きく上回ると予想される。

 48年9月に建国した朝鮮と、残留日本人帰国のための交渉が始まったのは54年1月。「日本赤十字社」と「朝鮮赤十字会」とのさまざまなやり取りの結果、56年4月にわずか36人が帰国。これ以降は実現していない。

 これまで残留日本人を日本のメディアが取材したことはなく、その実態はまったく分からなかった。だが断片的な情報はあった。清津(チョンジン)市で暮らしてきた日本名・丸山節子さんは、日本の家族と頻繁に手紙のやり取りをし、5回にわたって弟が訪朝。私は丸山さんへの取材を何度か申請したものの「取材を受けるだけの体力がない」として断られていた。

調査は済んでいた
 忘れ去られそうになっていた残留日本人に再び注目が集まったのは2014年5月の「日朝ストックホルム合意」である。それに基づき朝鮮は「特別調査委員会」を設置し「日本人遺骨」「残留日本人・日本人配偶者」と「拉致被害者・行方不明者」について調査することになった。

 私は4月13日に「日本研究所」の曺喜勝(チョ・ヒスン)上級研究員にインタビューをした。「3年前の残留日本人調査の時、私が会ったのは3人ですが9人いました」と流ちょうな日本語で語った。「特別調査委員会」は、発足直後に調査をしていたのだ。

 「その時、朝鮮の赤十字会とメディアが丸山節子さんと会い、テレビで紹介しました。ですが日本からは何の反応もなかった。(日本人埋葬地への)墓参と同じように、日本の問題なのに放置したままです。地方の埋葬地では、開発で失われてしまった場所もあると聞いています」

 19日に、1人の残留日本人が取材に応じてくれることになった。歴史の闇の中に消えようとしていた日本人の朝鮮への残留。その重大な出来事の当事者と会えることに私は興奮した。
その残留日本人が暮らすのは咸鏡南道(ハムギョンナムド)咸興(ハムフン)市。案内されたのは、建設からかなり年月の経ったアパートだった。リ・ユグムさんの日本名は「荒井琉璃子(あらい・るりこ)」で、1933年1月生まれ。日本語は話せない。

 「咸鏡北道(ハムギョンブクド)会寧(フェリョン)で暮らしていた時に父が徴兵され、間もなく解放を迎えました。家族は日本へ引き揚げるため南へ向かったものの、咸興で汽車から降ろされたんです。ここで私は家族とはぐれ、朝鮮人に育てられて結婚しました」
連絡を取ったことのある残留日本人はいないのかと私が尋ねると「自分のような境遇の人はいない」と言う。他の残留日本人の存在を知らずに生きてきたのだ。

 午後からは、市内中心部にある新興山(シンフンサン)ホテルで「咸興にじの会」の人たちと会う。リ・ユグムさんが会長で、他の5人は「日本人妻」だ。「咸鏡南道人民委員会」の担当者が、概要を説明してくれた。
「この咸鏡南道には、残留日本人が24人と、帰国事業で朝鮮人男性とやってきた日本人妻と子ども308人がいました。今は(合わせて)39人が残っています」

里帰りを望む日本人妻
 日本は朝鮮植民地支配において、朝鮮人を天皇に忠実な「日本人」にしようと「皇民化政策」を実施。その一つとして、日本人と朝鮮人との「内鮮結婚(ないせんけっこん)」を奨励した。その多くが日本人女性と朝鮮人男性との結婚だった。そうした日本人妻が、韓国と朝鮮で暮らしている。
 韓国の場合は、日本敗戦後も生活基盤のある朝鮮半島南側へ残った人や、生活していた日本から帰国する朝鮮人の夫とともに渡った人だ。私が取材した90年代半ばの推定で約1000人。朝鮮は韓国と異なり、59年から84年まで行われた帰国事業で夫とともに渡った人で、その数は約1800人である。

 74年に日本において、朝鮮で暮らす日本人妻の里帰り(一時帰国)を求める動きが始まる。それが実現したのは97年になってからで、2000年まで3回にわたり43人が里帰りをした。そこには2人の残留日本人も含まれていた。99年に村山富市元首相を団長とする超党派訪朝団が、里帰りの継続について朝鮮労働党と合意。だが日朝関係の悪化によって中断されてしまった。

 こうした状況の中で、咸鏡南道で暮らす日本人たちが「咸興にじの会」を設立した。日本と朝鮮との間に虹の橋を架けたいとして名付けたという。昨年11月から活動を開始し、会員は11人。新興山ホテル内に事務室まで設けている。熊本県出身のリ・エイスンさんは日本語で次のように語った。

 「2002年の第4回里帰りに参加することになり荷造りまでしていたのに、日本政府が中止にしてしまったんです。どれだけ泣いたのか分かりません。両親の墓参りに日本へ行きたいし、一日でも早く日朝国交正常化を実現してほしいのです」

 残留日本人と日本人妻の帰国については、日本が朝鮮へ長年にわたり強く要求してきたことである。ところが1990年代に拉致問題が浮上すると、これらは顧みられなくなる。それどころか、これらへの取り組みは拉致問題解決の足を引っ張るかのような主張が溢れた。

 2015年の日朝非公式協議において、日本人妻について朝鮮側が「具体的に帰国させる人物を特定してきたが、日本側は応じていない」(「朝日新聞」15年9月23日付)ということがあった。日本政府は「拉致被害者・行方不明者」で満足できる報告がなければ、他のことは完全に無視するという姿勢なのだ。

 14年8月、「特別調査委員会」が丸山節子さんを訪ね、帰国の意思があるかどうかを聞いたという。日本政府が決断すれば、すぐにでも帰国ができる状況だった。ところが丸山さんは15年1月に86歳で亡くなってしまう。

 朝鮮を極端に敵視する安倍政権は、日朝間には拉致問題しか存在しないかのような政策を行い、残留日本人と日本人妻などを切り捨ててきた。そうしている間に朝鮮で暮らす日本人は亡くなり、日本人遺骨の収容は困難になりつつある。

 朝鮮がこうした人道問題を日朝関係改善の糸口にしようとしているのは確かだ。しかしそうであっても、これらの課題に取り組まないというのは棄民政策である。日本政府は、朝鮮で暮らす日本人の帰国と、政府支援による遺族の墓参を早急に実現するべきだ。

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北朝鮮 宋日昊大使に単独インタビュー

 「週刊金曜日」2017年4月28日・5月5日合併号に掲載した記事を紹介する。


宋日昊大使に単独インタビュー
「平壌宣言」を重視しながら人道的課題で日朝関係改善を求める


 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)が計画する核実験と米韓合同軍事演習により、朝鮮戦争以降で最大の軍事的危機が高まっている。そうした中で朝鮮は、4月15日に金日成(キム・イルソン)主席生誕105年の記念日を迎えた。

宋日昊大使
単独インタビューに応じる宋日昊大使(2017年4月20日撮影)

 宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使は17日、その取材に訪れていた日本メディアの記者団との会見に応じた。私はそれを聞いた翌日、記者団とともに平壌(ピョンヤン)から車で約5時間の咸鏡南道(ハムギョンナムド)咸興(ハムフン)市へ。ここで、残留日本人と日本人妻を取材した。

 84歳のリ・ウグンさん(日本名・荒井琉璃子さん)は、自宅でインタビューに応じた。熊本県出身の両親の間に「京城」(現在のソウル)で生まれる。日本敗戦の混乱の中で家族とはぐれ、朝鮮人に育てられて結婚。中国東北地方と同じ状況がソ連軍管理下の朝鮮半島北部でもあり、残留日本人がたくさんいた。13日に単独インタビューした「日本研究所」の曺喜勝(チョウ・ヒスン)上級研究員は、3年前の調査で残留日本人9人を確認していることを明らかにした。

 咸興市では、在日朝鮮人の夫とともに「帰国事業」によって朝鮮へ渡ったいわゆる日本妻たちによる「咸興にじの会」の会員たちとその事務所の取材もすることができた。

 平壌へ戻った20日夜に、宋大使への3時間に及ぶ単独インタビューが実現した。記者団には語られなかったより突っ込んだ話があった。
 私はまず、残留日本人と「にじの会」を初公開した意図について聞いた。「日本の記者から取材希望があったが、個別に認めると(朝鮮の)工作活動と言われるので、多くの記者が来た時に設定した」と述べた。だが「日本の政府・民間を問わず、(日本人埋葬地)墓参や残留日本人での提起があれば前向きに対応する」と語るなど、人道的課題を見せようとしたのは確かだ。

 宋大使は17日の会見で「ストックホルム合意」は「すでに無くなっており、その責任は日本にある」とした。そして「合意」に基づいて日本人調査を実施していた「特別調査委員会」は「解体された」と語った。

 この発言に対して岸田文雄外務大臣は18日、「まったく受け入れられず、合意履行を引き続き求めていく」と強く反発。私は宋大使に、それをどのように受け止めるか質した。「拉致問題だけを進めるよう求める発言であり認められない。合意とは、破棄すると再び戻すことができないもの」と述べ、復帰する意思がまったくないことを明言した。

 しかし宋大使は「『日朝平壌宣言』は首脳会談によるものなので非常に大切にしており、関係改善の里程標となっている」とした。つまり、金正日(キム・ジョンイル)総書記が署名した宣言は絶対的なものであり、あくまでも守ろうとしているのだ。

 「朝鮮革命博物館」がリニューアルされて3月30日に開館。朝鮮の解放と建国、社会主義建設の歴史が約100室に展示されている。私は外国人ジャーナリストとして初めて取材できた。日本に関する展示室にはパネルや写真、人々の日用品などが並び、植民地支配の実態を細かく解説。昨年6月には、日本・米国との対決の歴史を若い世代に教えることを目的とした「中央階級教養館」がオープンしている。

 宋大使は「『日朝平壌宣言』の中核は過去の清算であり、これを抜きにして実りある関係は結べない」と語った。その姿勢を改めて示しながらも、日本国内で批判が出にくい人道課題で対話の糸口を再び探る。これが現在の朝鮮の、日本に対する方針のようだ。

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金正男事件でわかった「脱北」への日本人記者の関与

 2月24日、金正男(キム・ジョンナム)氏の死因についてマレーシアの警察長官はVXによる殺害と断定したと表明。いくつものマスメディアは、それを実行したインドネシア人とベトナム人の女性が、二つの毒物を金正男氏の顔面で混ぜてVXにしたとの推測を流している。果たしてそのようなことが可能なのか、マレーシア政府は解明する必要がある。

 他に気になるのは、クアラルンプール空港で死亡したのは金正男氏ではないとの報道があることだ。2月24日に発売された講談社『フライデー』(3月10・17日号)は、「金正男の遺体から消えた『虎と龍の入れ墨』のナゾ」との記事を掲載。インターネット・メディアでも同様の記事が出ている。

 その内容は次のようだ。2013年に「フジテレビ」記者へ金正男氏から送られてきたという写真には、腹部と肩に大きな入れ墨がある。18日にマレーシアの『NEWS STRAITS TIMES』紙が、空港にある診療室の椅子で仰向けになった金正男氏の写真を掲載。それには、Tシャツの下に見えている腹部に入れ墨がないように見えるのだ。

 つまり死亡した人か、入れ墨をした人のどちらかが金正男氏ではない可能性があるというのだ。マレーシア政府はこの点についても、親族へのDNA鑑定によって明らかにする必要がある。

 この事件によって北朝鮮への関心が高まる中で、普段では取り上げられないような話が記事になっている。韓国の『ハンギョレ新聞』電子版(2月23日付)は「[コラム]北京の北朝鮮担当日本記者たち」との記事を配信。

 その中に注目すべき内容がある。「北朝鮮の実態を取材しようと(中国)東北地方で脱北者に接触して、こころならずも脱北の過程に介入したという記者もいた」。つまり、日本人記者が「脱北」の手助けをしたということなのだ。

 「ハンギョレ新聞」という同業者に日本人記者が気を許して語ったことなのだろうが、これは重大な問題である。つまり、国家関係にも大きな影響を与える可能性がある極めて政治的な「脱北」に、取材者という一線を越えてかかわった。その時に明らかになればその責任を問う「事件」となったのであろうし、所属するメディアからの処分を受けたかも知れない。

 韓国の次期大統領は、北朝鮮との融和・関係改善を目指す候補者が当選する可能性が高い状況だが、今回の事件でそれを阻止しようとする保守勢力の勢いが増している。米国のトランプ大統領は「ロイター通信」に対して、金正恩(キム・ジョンウン)委員長とのトップ会談の可能性について「もう遅すぎる。我々は彼がやってきたことに非常に怒っている」と述べた。

 北朝鮮に対する非難が高まるならば、米国と韓国による北朝鮮への軍事攻撃の可能性が高まるのは確かだ。

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メディアは北朝鮮の現地取材をすべき!

 2月13日に死亡した金正男(キム・ジョンナム)氏について、錯綜した報道が続いている。テレビ各局には、近年は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を訪れたことがない「北朝鮮評論家」のほぼすべてが登場。

 彼らの金正男氏死亡に関する話は推測ばかりである。そもそも情報が少ないので無理はない。スタジオに呼ばれてコメントを求められたら、確信がなくても、無理やりでも何らかの発言をせざるを得ないということがある。問題は、その発言が「事実」として広がることだ。

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主体(チュチェ)思想塔とマスゲームの練習が行われている金日成(キム・イルソン)広場(2016年8月23日撮影)

 新聞とテレビの多くは、金正男氏の死亡を「北朝鮮による毒殺」と事実上の断定をしている。だが、マレーシア当局の発表がない現在(2月18日午前11時)、それは推測でしかない。結果がどうであれ、確たる証拠がない現状では「容疑」とすべきだ。その危うさを、マスメディアは百も承知で報道している。「北朝鮮バッシング」は人々に関心が持たれ、雑誌の発行部数やテレビの視聴率が上がるからだ。

 2月17日、「東京新聞」編集委員の五味洋治氏が、「外国人特派員協会」で会見を開いた。五味氏は2012年5月に「父・金正日と私 金正男独占告白」という金正男氏への取材を本にしている。出版に先立つ1月28日には「東京新聞」へインタビュー内容を掲載。本には、記事掲載後に金正男氏から届いたメール内容が紹介されている。

 「東京新聞に掲載された記事内容が北朝鮮を刺激したようです。一種の警告を受けました。追加の記事掲載は当分保留して下さい」(「父・金正日と私」143頁)

 記事と本が出たことで、金正男氏と北朝鮮との関係は決定的に悪くなったと私は思う。五味氏はそれについて、会見で次のように述べた。

 「金正男氏には、私がこれまで積み重ねてきた取材、Eメールについて、本にしてもいいかということについては許可を受けています。ただし、『タイミングが、今は悪い、ちょっと待ってほしい』と言われたのは事実です。私はタイミング的には非常に微妙な時期ではありましたが、彼の思想や北朝鮮に関する考え方、人間性を伝えることこそ、北朝鮮に関する関心を高め、理解が進み日本だけでなく他の国との関係が改善されるという信念のもとに、本を出版いたしました」(アンダーラインは筆者)

 これは完全に言い訳でしかない。スクープ取材を発表したいという五味氏の記者としての気持ちは痛いほど分かる。だが、「本の出版を一番反対したのは、私の妻です」と述べているように、出版は金正男氏にとって非常に大きなリスクになることを十分に認識していたが、それでも出版に踏み切った。このことについて五味氏は会見で次のように語っている。

 「『北朝鮮は経済の改革開放、中国式の改革開放しか生きる道はない』とも言っていました。この発言を報道したり、本にしたことで彼が暗殺されたとみなさまがお考えなら、むしろこういう発言で1人の人間を抹殺するという、そちらの方法に焦点が当てられるべきでしょう」(アンダーラインは筆者)

 これは「北朝鮮による犯行」を持ち出すことで、自らの判断を不問にしようとするものだ。ただ、共感できる発言もあった。

 「この3日間、英語圏・中国圏・韓国語圏、数百件の電話をいただきました。私はみなさまがたにお勧めします。私に対してすべての答えを得ようとせず、ご自分で直接ソースにあたって、取材をしてみてください。それが北朝鮮を変える力になります」

 「北朝鮮を変える力」ではなく「北朝鮮の実態に迫る」ということだと思うが、日本や海外のメディアは自ら北朝鮮取材をすべきである。現状は、北朝鮮へ取材に行きもせず、怪しげな情報に飛びついて不正確や間違った報道をしている。

 私は山ほど出した取材申請のほとんどを断られながらも、何とか35回の現地取材を実現させた。北朝鮮取材には大きな制約があるが、それでも現地でさまざまな取材を実現させるための努力をするべきだ。

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「北鮮」との宛名で公文書を送った広島県

 『週刊金曜日』2017年1月20日号に掲載した拙稿を紹介する。

「北鮮」との宛名で公文書を送った広島県
差別表記に朝鮮の被爆者は強く抗議


 朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)で暮らす被爆者だけが、日本政府の援護措置から除外されている。そうした中で、広島県がようやく送付した文書の宛名には差別表記があった。

朴文淑さん
 厳しい表情で「北鮮」表記の宛名について語る朴文淑さん。1992年の「原水禁大会」に、朝鮮の被爆者代表として派遣された際に「被爆者健康手帳」を取得した(2016年8月22日撮影)

 昨年8月22日、「平壌高麗(ピョンヤンコリョ)ホテル」の会議室。朝鮮を訪れた日本人グループを前に、朴文淑(パク・ムンスク)さんが長崎での被爆体験を語り始めた。

 「私が被爆したのは2歳です。日本人は、朝鮮人の子どもが防空壕の中で泣くのを嫌がりました。そのため、家の中にいて被爆したんです。放射能での汚染を知らされなかったので、一家8人はその場所で生活しました。家族は後遺症で苦しむことになり、がんで次々と亡くなりました。今は私しか生き残っていません」

 話は広島県から朴さんへ送られてきた郵便物のことに移った。すると、それまで穏やかな口調で淡々と語っていた朴さんが急に声を荒げたのである。「医療費等の申請に関するご案内」が入ったその封書の宛名には「北鮮(ほくせん)民主主義人民共和国」と書かれていたというのだ。それまでは朝鮮語で語っていたが、通訳を通して自分の怒りを伝えるのがまどろっこしくなったのか日本語で話し始めた。

 朴さんはかなり前から、深刻な心臓疾患を抱えている。頻繁に心臓発作を起こして病院へ運ばれているため、家族からは外出を止められているほどだ。それにもかかわらず、あまりにも感情を高ぶらせているので、この場で倒れるのではないかと私は心配になった。

 「北鮮」という言葉は、1910年の日本による「韓国併合」から日本人によって差別的に使われてきた。「北朝鮮」という呼び方も同じで、その地域で暮らす人たちはそのように呼ばれることに強く反発している。

●日本に棄てられた朝鮮の被爆者
 被爆した朝鮮人は広島で約5万人、長崎で約2万人と推定されている。1945年の解放後、朝鮮半島北側へ帰国したのはそれらのうちの約3000人という。「朝鮮被爆者協会」などによる2007年の調査で、1911人の被爆者を確認したものの1529人がすでに死亡していた。調査から10年たった今、生存者はごくわずか。

 韓国など海外で暮らす被爆者とその支援団体による長年の闘いにより、在外被爆者に対しても日本政府は援護措置を実施するようになった。「被爆者援護法」にもとづき、「健康管理手当」などを支給。それは日本と国交のない台湾の被爆者へも実施されている。ところが、唯一の例外となっているのが朝鮮である。
 「被爆者健康手帳」を持っている朴さんへは、援護措置の実施どころか関係書類さえ送付してこなかった。これは明らかに「被爆者援護法」に反する行為である。

 01年に、日本の外務省・厚生労働省による政府調査団が平壌へ派遣された。被爆者の実態把握後に、援護措置を検討することになった。しかし日朝関係の悪化により、完全に反故にされてしまった。朴さんの怒りは宛名のことだけでなく、朝鮮で暮らす被爆者だけが日本政府に棄てられてきたことにある。

 最高裁判所は15年9月8日、「被爆者援護法」にもとづき在外被爆者への医療費の支給を認める判決を下した。その判決を受けて11日に、「韓国の原爆被害者を救援する市民の会(市民の会)」(市場淳子会長)が厚労省と交渉。在外被爆者への文書は、朝鮮の被爆者へも送付することが確認された。同年10月、「市民の会」は「被爆者実態調査票」を朴さんへも送るように要請。厚労省は長崎県を通して送付した。この時初めて、朝鮮の被爆者に日本政府から被爆に関する文書が送られたのである。

 昨年5月になり、在外被爆者に「医療費等の申請に関するご案内」が送付されたことを「市民の会」が知る。朴さんへの送付を厚労省に確認したところ、送られていないことが判明。この医療費申請の窓口は、韓国居住者だけが長崎県、それ以外の国は広島県となっている。そのため厚労省は広島県に指示して送付し、そのことを「市民の会」へ連絡した。

 私は、この2通の文書が朴さんへ届いているかどうかを「朝鮮被爆者協会」へ問い合わせた。すると「広島県からのものだけ受け取っているが、それについて会ってから話したいことがある」との返事だった。その話というのが、宛名の「北鮮」表記だったのである。

●体質的な敵視政策の表れと抗議
 9月19日、朴さんは厚生労働大臣と広島県知事に抗議文を送付した。「朝鮮被爆者協会」の副会長をしているとはいえ、朝鮮の一市民が日本の政府や行政へ文書を送るのは極めて異例なことだ。

封筒全体
宛名部分
朴文淑さんが「広島県健康福祉局被爆者支援課」から受け取った「北鮮民主主義人民共和国」と書かれた封書とその宛名(提供/朝鮮被爆者協会、画像の一部にぼかし)

 「(「北鮮」と)公文書に表記することは、わが国の被爆者に対する冒涜。担当者の無知から生まれたミスではなく、行政末端から政府当局にいたるまで貫かれた日本の体質的な反共和国敵視政策のあらわれ」

 そのように批判した上で「この問題に厳重に抗議し、広島県当局が公式に謝罪文を送ることと、関係者を厳しく処罰することを強く要求する」としている。

 この翌日、「広島県原水禁」代表委員で元衆議院議員の金子哲夫さんが、広島県庁の健康福祉局被爆者支援課へ事実確認のために出向く。朴さんへ送った「北鮮民主主義人民共和国」の宛名データは残っていた。
 「(宛名は)公式な文書ではない」と言った担当者に金子さんが抗議すると訂正された。ところが担当者は次に「私たちも一生懸命に支援している」と語ったのだ。それに対して金子さんは「今回のことは、裁判で(行政が)敗訴したことによる作業で発生したのであって、支援という認識はどこから出てくるのか」と批判した。

 韓国などの在外被爆者たちが40年以上も日本の政府や行政と闘い、ようやく日本国内の被爆者と同じ援護が受けられるようになった。被爆地・広島の被爆者援護の担当窓口でさえ、そのことをまったく理解していないというひどさだ。

 10月7日、広島県は健康福祉局長名の「お詫び文」を朴さんへメールと郵便で送付した。それには、パソコンでの宛名の入力ミスによって「あってはならない表記となってしまった。特別な意図を持って行ったものでない」としている。

 日本政府が朝鮮の被爆者へ、援護措置や医療支援など何一つ実施してこなかったのは、朝鮮への敵視・差別政策によるものだ。広島県による「北鮮」表記は、その異常な政府政策の反映である。

 朴さんは抗議文の中で「国家賠償とは別途に、被爆者やその子どもの原爆症治療に必要な医療設備や医薬品の提供など、人道的な医療支援措置を講じるべき」としている。朝鮮の被爆者は、医療支援を緊急に必要としているのだ。

 朴さんが、「北鮮」表記の宛名は反朝鮮政策の表われと批判し関係者の処罰を求めていることについて、私は広島県の「被爆者支援課」へ質問した。それに対して「当事者間でやり取りをしていることなので回答を差し控える」と連絡してきた。

 そして厚労省の「原子爆弾被爆者援護対策室」には、朝鮮の被爆者だけを援護対象から除外している理由などを質した。すると「(朝鮮の被爆者も)出来る限り同じように扱いたいとは思っているが、出来ることできないことが被爆者施策と違うところで発生している」とした。日朝の国家関係が最悪であるため、「被爆者援護法」の順守ができずにいるということだ。

 日朝の非公式接触が昨年9月以降、中国で数回にわたって行なわれている。だが日本政府は朝鮮に対して強力な独自制裁を実施しており、具体的成果を得るのは容易ではないだろう。日本政府はこうした状況でこそ、朝鮮の被爆者や朝鮮北部での大水害の被災者への人道支援を行なうことで、少しでも信頼関係を築くべきではないか。

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北朝鮮の文化財が日本にある!

 1月26日に、韓国の大田(テジョン)地方裁判所が下した判決に注目が集まっている。2012年に長崎県対馬市の観音寺から韓国人の窃盗グループによって「観世音菩薩坐像」が盗まれた。

 現在は韓国政府が保管するその仏像について、所有権を主張する韓国中部の浮石(プソク)寺への引き渡しを命じたのだ。韓国政府は、判決を不服として控訴した。

 判決は仏像内部から見つかった文書により、この仏像が1330年に浮石寺で作られたとしている。そして、「浮石寺がある地域では、1352年から1381年の間に倭寇(日本の海賊)が5回にわたって侵入したという記録が『高麗史』に残っている」とし、仏像は観音寺創建の1526年よりも前に「贈与や売買など正常ではない方法で対馬へ運ばれたとみられる」とする。

 私は、日本にある朝鮮半島からの文化財について長らく取材してきた。その立場からいくつか指摘する。まず、この仏像が日本へ渡った経緯については、さまざまな主張がある。

 浮石寺は「倭寇によって略奪されたもの」とし、判決もそれを認めている。韓国のニュース専門テレビ局「YTN」は、豊臣秀吉による朝鮮侵攻である文禄・慶長の役(文禄の役1597-1593年、慶長の役1597-1598年)の際に流出したとする。これはどちらも、日本による略奪ということでは共通している。

 一方の日本である。観音寺の田中節孝・元住職は、李氏朝鮮時代(1392-1910年)の仏教弾圧から逃れるために対馬へ持ち込まれたものとしている。このように日本へ渡った理由は「略奪」「保護」と大きく異なり、時期もさまざまなのである。

 つまり今となっては、日本へ渡ってきた経緯の解明は不可能に近いのである。決定的証拠がない中で、裁判所の倭寇によるものとの断定にはかなりの無理がある。

 この判決を伝える日本のマスメディアの報道には、いくつかの問題点がある。浮石寺の住職が判決後の記者会見で、日本にある朝鮮半島からの文化財について触れたことについて、韓国への文化財返還は「日韓条約」で終わっていると報じたテレビ局があったが、それは正しくない。そしてどのマスメディアも、今回の仏像返還問題の背景について触れようとしていない。

 1965年6月22日、「日韓条約」の関連諸条約として「日韓文化財及び文化協力に関する協定」が結ばれた。返還対象となったのは国有文化財のみで、民間所有のものは除外。また、国宝や重要文化財も全く含まれなかった。韓国政府が返還要求していたのは4479点だったが、引き渡されたのは359件1321点のみ。今も日本各地の「国立博物館」には、朝鮮半島南側からのたくさんの文化財が返還されることもなく展示されている。

 この「協定」締結時に日本政府は、「日本国民が保有する韓国に由来する文化財を、自発的に韓国へ寄贈することを国民に奨励する」と約束した。だがそれはまったく実施されずに現在に至っている。民間所有の文化財返還については、終わっていないのだ。

平壌 石塔
「大倉集古館」にある「平壌栗里寺址石塔」(2006年8月13日撮影)

 韓国の仏教界などの民間からは、いくつもの文化財返還の要求が出されている。「大倉集古館」の庭園には、植民地時代に朝鮮から運んだたくさんの石造物が並ぶ。その中の「利川(イチョン)五重石塔」については、利川市民たちが2006年から「ホテル・オークラ」と返還交渉を行ってきたが、合意に至っていない。

 この石碑と並んで「平壌(ピョンヤン)栗里寺址石塔」が建っている。これは現在の北朝鮮 (朝鮮民主主義人民共和国)である朝鮮半島北側から運ばれたものだ。「京大学考古学研究室」には、平壌近郊の楽浪(ラクラン)古墳群などから発掘した膨大な量の副葬品が保管されている。「国立博物館」が、朝鮮半島北側からの文化財585点を所蔵していることが私の取材で判明している。

 文化財は、民族や国家にとって文化と歴史の重要な記録である。日本国内には朝鮮半島北側からの文化財もたくさん存在する。だが、日朝国交正常化交渉が止まっているため、文化財の返還交渉もまったく進んでいない。だがいつかは交渉を行い、北朝鮮へ返還しなければならないのだ。

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トランプ政権誕生で日本の北朝鮮政策は破たん

 米国トランプ政権は日本などの期待を見事に裏切り、国際協調より米国の国益中心主義という政策へ大きく転換することを表明した。

「三大革命展示館」のロケット模型
「三大革命展示館」のロケット模型(2013年6月12日撮影)

 20日の就任演説後にホワイトハウスは「環太平洋連携協定(TPP)」脱退を宣言。これで発効は不可能となった。日本国内の保守を含む反対の声を押し切って国会承認した安倍政権を打ちのめした。

 これだけでなく、米国追随を続けてきた安倍政権は次々と外交政策の見直しが迫られるだろう。「米国第1主義」となった米国の日本やアジアへの関心は低下し、米国頼みの外交政策は破たんするからだ。

 2015年12月の「慰安婦問題に関する日韓合意」は、「少女像」をめぐる日韓での対立によって風前の灯である。この「合意」は、日韓関係の改善を求めるオバマ政権による強い圧力によって、一気に話が進んだ。「合意」白紙化への動きは間違いなく加速する。

 そしてホワイトハウスの声明で、「力による平和が外交政策の中心になる。イランや北朝鮮などのミサイル攻撃に対し、米国防衛のための最新ミサイルシステムを開発する」とした。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対して、対話ではなく軍事力で対応しようという姿勢である。

 「日朝ストックホルム合意」を破たんさせたのは、米国・韓国と協調するための独自制裁だった。日朝間の諸問題を解決するには、もはや米国にお伺いを立てることなどやめ、積極的な姿勢で北朝鮮との対話を進めるしかない。

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北朝鮮 トランプよりも先を進む安倍政権

 日本のマスメディアの米国のトランプ次期大統領についての報道は、不安と根拠のない希望ばかりだ。その中には、トランプの人種差別主義への危惧もある。移民国家である米国が白人以外の人々を排斥するならば、社会の分裂だけでなく破たんへの道をたどるのは必然だ。

万景峰号
制裁により日本へ入国できず、元山(ウォンサン)に係留されたままの「万景峰92号」(2016年5月29日撮影)

 しかし、米国を心配している場合ではない。すでに、日本社会はとんでもない状況に陥っている。一昔前には考えられなかったヘイトスピーチは今や珍しくなくなり、行政は朝鮮学校への差別措置を平然と実施している。

 こうした民族排外主義のまん延は、第1次安倍政権の時から顕著になった。拉致事件を起こした北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への徹底したバッシングで首相になった安倍晋三。

 北朝鮮に対する異常で陰湿な敵視政策を推進し、拉致問題を含む日朝間の急がれるさまざまな重要課題の解決を困難にさせてしまった。また北朝鮮だけでなく、韓国・中国までバッシングする日本社会の雰囲気を定着させた。

 民族排外主義を信奉する最高権力者として、トランプよりも先を進む安倍政権。その御先棒を担いできたマスメディアは、人の振り見て我が振りを正すべきだ。

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「核兵器禁止条約」に賛成した北朝鮮

 10月27日、軍縮を扱う「国連総会第1委員会」で「核兵器禁止条約」など核兵器の法的禁止について来年3月から交渉開始をするとの決議が、123カ国の賛成多数で採択された。

プエブロ号の浮わ
北朝鮮に鹵獲された米軍情報収集艦「プエブロ号」の浮輪(2016年8月22日撮影)

 米ロ英仏の核保有国だけでなく、米国の「核の傘」にある韓国や「北大西洋条約機構(NATO)」の加盟国など38カ国が反対、中国など16カ国が棄権した。何と、唯一の戦争被爆国である日本はこの画期的な決議に反対したのである。被爆者たちからは「裏切り行為」との声が上がっており、日本が国際社会に長年にわたって働きかけてきた核廃絶の努力をぶち壊した。

 今年になって2回の核実験を実施し、今まさに核開発を強力に推し進めている北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は決議に賛成した。これは、自国の核開発は米国からの核攻撃を防ぐための手段との基本的姿勢からのものだろう。北朝鮮は5月の朝鮮労働党大会における金正恩(キム・ジョンウン)委員長の活動報告で、核保有を位置づけている。

 「責任ある核保有国として、敵対勢力が核で朝鮮の自主権を侵害しないという前提における核の先制不使用・核不拡散の立場を確認した上で、世界の非核化を実現するために努力する」

 日本が決議に反対した理由を、岸田文雄外相は「決議は核兵器国と非核兵器国の対立を助長し亀裂を深める」と語った。安倍晋三首相は、核保有国が反対する決議に賛成すると日本主導の他の核廃絶決議が理解されなくなる可能性があると釈明した。これらは、苦し紛れの詭弁にしか過ぎない。

 今回も露呈した安倍政権のなりふり構わぬ対米追随の姿勢は、本気で「核なき世界」をめざす国々から侮蔑と嘲笑を受けることだろう。もはや日本には、北朝鮮の核開発を非難する資格がないのは明らかだ。

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北朝鮮 タバコを吸うチンパンジー批判は筋違い

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の首都・平壌(ピョンヤン)市にある「中央動物園」は7月24日にリニューアルオープンした。かつては見ていて悲しくなるような寂しさだったが、行動展示も取り入れて大きな変貌を遂げた。

中央動物園
「中央動物園」での動物ショー(2016年8月24日撮影)

 そこで飼育されている19歳のチンパンジー「アゼリア」が、タバコを吸っているとAP通信が伝えた。この園内には動物ショーを行う施設もあり、私が8月に取材した時には、入場しようとする市民が行列していた。

 このチンパンジーの喫煙について、日本の民放やインターネット上で数多くのバッシングが行われている。だが、それには大きな違和感がある。

 日本など多くの国で、さまざまな動物を使ってのショーが行われている。日本のほとんどの水族館は、イルカ・オットセイ・シャチなどのショーを目玉にしている。

 「世界動物保護協会」は、世界で55万匹の動物が観光アトラクションで苦しんでいるとする。自然界よりもはるかに大きなストレスが溜り、寿命を縮めている。そのため世界では、動物園や水族館での動物ショーをやめるところが増えている。

 北朝鮮で、動物に芸をさせていることは間違いである。しかし、何の疑問も抱かず動物ショーを続けている日本にはそれを批判する資格はない。昨年5月には「日本動物園水族館協会」が、イルカの入手方法をめぐり「世界動物園水族館協会」から会員資格停止をされている。

 北朝鮮にもあるという問題点を、鬼の首を取ったように報道するのは間違いである。他国を批判する前に、自国がどうなのかを検証するべきだ。

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北朝鮮 外務省日本担当者らが異動

 『週刊金曜日』2016年10月14日号に掲載した拙稿を紹介する。

朝鮮外務省日本担当者らが異動 対日政策後退の表れか

 「朝日新聞」(10月7日付)は複数の日朝関係筋の情報として、日朝両政府関係者が9月3日~4日に、中国の大連市内で接触したとみられると報じた。日本側から外務省アジア大洋州局の参事官ら3人が出席、と具体的だ。しかし岸田外務大臣と菅官房長官は同日、この秘密接触を否定した。

 「福岡県日朝友好協会」は、今月5日に宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使と平壌(ピョンヤン)市内で面会。日本との交渉責任者が交代していないことが確認された。ところが私の朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)取材で、外務省日本担当者が次々と人事異動になったことが分かった。

 6月1日に、外務省の趙炳哲(チョ・ビョンチョル)日本担当研究員を単独インタビューした。部下の許成哲(ホ・ソンチョル)さんの、北京の朝鮮大使館への異動を明らかにし、外務省の日本担当者が減少していることを嘆いた。その2カ月後、趙研究員も日本担当から外れて他の部署へ異動していることが判明した。

 この二人は2012年からの日本人埋葬地への調査・墓参団受け入れを担当し、14年5月のストックホルム合意や日朝のさまざまな交渉に関わるなど重要な役割を果たしてきた。この異動が意味することは、日本人調査のための「特別調査委員会」が今年2月に解散し、当面は日本との積極的な交渉をしないということだ。

 私は8月25日に「朝鮮対外文化連絡協会」の孫哲秀(ソン・チョルス)日本局長に単独インタビューをした。局長は「日本当局の朝鮮に対する独自制裁措置が撤回されない限り、朝日関係の改善は考えられない」と語り、日本政府が検討している独自制裁のさらなる強化を牽制した。

 これが朝鮮の今の、日本への基本姿勢であることは間違いないだろう。そのため、日朝秘密接触が行なわれていたとしたら、朝鮮側は制裁撤回を交渉の前提として提示したものと推測される。

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北朝鮮との交渉チャンネルが米国より少ない日本

 10月10日の朝鮮労働党創立71周年に、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が核実験やミサイル発射実験がするのではと、日本のどのマスメディアも大きく報道。

清津の銅像と人々
清津(チョンジン)で銅像に献花する女性たち(2015年6月19日撮影)

 北朝鮮をめぐるわずかな動きでも細かく伝えているにも関わらず、重要な動きでありながらほとんど触れようとしていないことも多い。

 先週、北朝鮮外務省の国連担当である李東一(リ・トンイル)氏が、国連総会第一委員会において発言。

 「わが国は米国の敵視政策により自衛目的で核兵器を持った。国家の主権を脅かされない限り、わが国は責任ある核保有国として核兵器を最初に用いることはない」

 北朝鮮は今までにもたびたび核兵器の「先制不使用」を表明してきた。しかし日米韓は、政府だけでなくマスメディアもそれを黙殺している。

 他にも最近の動きで、日本で報じられていないことがある。「ニューヨーク・タイムズ」は8日、ビル・リチャードソン前ニューメキシコ州知事の側近が率いる米国の民間訪問団が9月24日~27日まで北朝鮮を訪れたと報じた。

 この訪問団は、朝鮮戦争で戦死した米兵の遺骨発掘の再開、北朝鮮で拘留されているバージニア大生の釈放、北朝鮮北部の台風被害への支援などについて議論したという。

 ホワイトハウス「国家安全保障会議(NSC)」のネッド・プライス報道官はこの代表団に対し、「人道主義的努力を支持する」と明らかにした。

 北朝鮮ともっとも厳しく対峙している米国でも、多数の対話のチャンネルを持っている。ところが「北朝鮮憎し」一色の日本は、一切の対話・交流を認めようとしない雰囲気のままだ。その責任は、極端な北朝鮮バッシングを続けてきた安倍首相にある。

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北朝鮮 制裁強化よりも人道支援を!

 私は『週刊金曜日』 8月19日号で、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)による核実験が近く行われると予想した。核・ミサイル技術を完成させるために、連続的に実験は実施されると確信していたからだ。

 8月26日に北朝鮮取材から戻り、 TVでの特集制作に集中。9月9日の「建国記念日」に合わせ、二つのニュース番組の中で放送することになった。この日の核実験実施で放送は「タイムリー」になったものの、特集のトーンは変わってしまった。

 いつものように新聞社からはコメントを求められ「日本を含め、国際社会が早期に北朝鮮との外交交渉に乗り出すことが必要」などと話す。翌日の朝刊には、8月に撮影した写真とともに大きく掲載された。

WFP平壌事務所
「世界食糧計画」の平壌(ピョンヤン)事務所(2004年10月撮影)

 現在この核実験に対し「国連安保理」は、さらなる制裁強化のために動き出している。また日本政府も、独自制裁の強化を発表。日本がすでに実施している制裁は「ヒト・モノ・カネ」である。「モノ・カネ」については、出来ることはすべて実施しているためにこれ以上を厳しくすることは不可能。そのため「ヒト」の往来をさらに制限しようとしている。

 自民党は「在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)」 幹部の再入国禁止対象を拡大する方針を固めた。北朝鮮に対しては出来ることがないため、「北朝鮮制裁」という名のもとで、またしても在日朝鮮人への「八つ当たり」である。

 これは筋違いというだけでなく、重大な人権侵害である。日本で生まれて日本に家族や生活がある在日朝鮮人であっても、北朝鮮へ行ったならば日本へ戻ることを認めないというとんでもない措置だ。これは、日本の民主主義を大きく後退させる行為だ。北朝鮮を懲らしめるためには何をやっても構わない、という今の日本の政治・社会やマスメディアの風潮は極めて危険である。

 北朝鮮の北部では、台風10号による大洪水によって甚大な被害が出ている。 国連の「世界食糧計画(WFP)」は、 14万人余りの被災者に緊急食糧支援を実施。国際社会に対し、継続的な支援を呼びかけた。

ところが岸田文雄外相は14日、核実験や弾道ミサイル発射を理由に、現時点で支援を行う考えがないことを表明した。「敵」には塩を送らないということのようだ。

 しかし北朝鮮と重要課題を解決しようと本気で考えているならば、その話し合いの雰囲気をつくるのためも、この災害に対する人道支援を実施すべきではないか。

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北朝鮮 日本人埋葬地の“開発”再開で収容困難に

 「週刊金曜日」2016年7月1日号に、私が行った朝鮮外務省への単独インタビューの記事を掲載した。

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 朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は6月22日、中距離弾道ミサイル「火星(ファソン)10号」の発射実験を成功させた。このミサイルは米軍基地があるグアムまで届くと推定されており、金正恩(キム・ジョウン)委員長は「米国を攻撃できる確実な能力を持った」と述べている。「国連安全保障理事会」は、この発射を非難する「報道声明」を23日に発表した。

外務省日本担当
朝鮮外務省の趙炳哲・日本担当研究員(2016年6月1日撮影)

 これに先立つ6月1日、朝鮮外務省の趙炳哲(チョ・ビョンチョル)日本担当研究員が平壌(ピョンヤン)市内の「高麗(コリョ)ホテル」で単独インタビューに応じた。

 日朝関係だけでなく米国・韓国との関係や「6カ国協議」復帰についても回答があったが、オフレコとされた。「朝日関係は2014年5月の『ストックホルム合意』前よりも悪い状態になり、死んだのも同然です。原因は日本が『安保理』制裁だけでなく、独自制裁も実施し、『合意』を守らなかったことです。人工衛星打ち上げを、日本だけがミサイル発射として非難したのはわが国を主権国家として認めていないということです。それに耐えかねて(日本人調査のための)『特別調査委員会』を解体しました」

 朝鮮は1月6日に核実験、2月7日に人工衛星打ち上げのためのロケット発射を行った。それに対して日本政府は、独自制裁の強化を2月10日に発表。その二日後に「特別調査委員会」を解体した。責任は日本政府にあるという。

 そして趙研究員は、日本政府の独自制裁強化で交渉の環境が完全に失われたことへの怒りを何度も口にし「独自制裁を撤廃しない限り、日本との対話はあり得ない」と断言した。朝鮮は、交渉のハードルを上げたのである。次に核開発を続ける理由について述べた。

 「米国が(朝鮮半島)南半部と日本に軍事基地を置いているので、核兵器を開発してきました。わが国を、ここまで押しやったのは米国です。このことを日本政府は認識すべきなのに、米国よりもっとひどい対応をしています」

 そして日本への警告ともいえる厳しい発言をした。
「朝米が軍事衝突すると、日本はそれに巻き込まれます。わが国の核とミサイルはどこへ飛んで行くのか。潜水艦で、日本の沖合からも発射できます。日本は惨めな状態になるでしょう」

 米国との戦争になれば、米軍基地がある日本への核攻撃もあり得るというのだ。そして「日本は米国の朝鮮敵視政策にぶら下がるのをやめて、自主外交路線をとるべきです」と語った。

日本人埋葬地消失の危機

 趙研究員は話を終えると部屋を出て行こうとしたので、私は強く引き止めて喫茶室へ入った。まだ、聞かなければならないことがあるからだ。

 朝鮮外務省は12年から、朝鮮各地に残る日本人埋葬地への日本からの墓参団を受け入れてきた。遺族だけでなくメディア各社の多人数による取材も許可。二つの団体が12回の墓参を実施した。こうした積み重ねの上に「ストックホルム合意」が生まれた。

 墓参団受け入れを担当した趙研究員に、日本人遺骨問題の今後について質した。すると、「特別調査委員会」解体で拉致被害者を含む日本人に関する調査をすべて中止したことにより、保留していた日本人埋葬地での果樹園建設などの開発計画は再開されるとした。つまり確認されている集団埋葬地も破壊され、遺骨収容ができなくなる可能性が出てきたのだ。そして今後の墓参団の受け入れについては、明確な返事がなかった。

 朝鮮外務省だけでなく、外国人観光客を受け入れている「朝鮮国際旅行社」でも日本担当者の人数が減っているという。今回の取材で政府機関や多数の事業所で話を聞いていて、日本への関心が急速に低くなっていることを痛感した。日本政府の長期にわたる制裁によって「ヒト・モノ・カネ」だけでなく、文化や技術交流さえ遮断され続けたためだろう。

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北朝鮮からの郵便物が開封された!

 郵便受けに、見たことのない封書が入っていた。日本ではほとんど使われていない濃い茶色の封筒。不審なのはそのことではなく、封書の一辺に細かな文字を刷り込んだ透明なテープが貼られていることだ。開封した箇所に、封をしているのだ。

開封された郵便物
開封された郵便物

 送り主は「朝鮮民主主義人民共和国放送委員会」と書かれている。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)で、出版・放送を担当している政府機関である。私はまったく面識がない。

 封筒のサイズは28センチ×15センチ。テープが貼られているのと反対側を開封する。中に入っていたのは、英字紙「PyongYang Times」。平壌(ピョンヤン)で発行されている週刊紙で、27×39センチメートルのタブロイド版で、カラー印刷8ページ。手紙は入っていない。

 開封箇所に貼られたテープには「税関検査のため開封されたものを、弊社にて再装しました」「日本郵便株式会社」とある。税関検査のために開封されたのだ。これは異常事態である。

 私はこの数年間だけでも、海外の多くの国へたくさんの大型の郵便物を発送したし、受け取ったこともある。韓国とは封書だけでなく、小包のやり取りもしている。だが、それらが開封されたことは1度もない。にもかかわらず、北朝鮮からの郵便物が開封されたのだ。

 「憲法」第21条第2項において、通信の秘密は個人として生きていく上で必要不可欠な権利として保障されている。そして「郵便法」では、第8条で郵便物の検閲を禁止し、第9条第1項・第2項に秘密の保護が明記されている。

 また「郵便局」のウェブサイトには「ラベルを確認し、郵送禁止物品の疑いのあるものやラベルの記載のないもの等は、X線を通して確認したり、開封して確認します。基本的には手紙は開封することはございません」との記載がある。

 私への郵便物は「郵送禁止物品の疑い」をかけられたのか、手紙ではないと判断されたために開封されたことになる。だが私に届いた封書は、外から触っただけでも中はわずかな量の紙だということが分かるし、X線検査をすれば変わった物が入っていないことは容易に判断できたはずだ。

 にもかかわらず私への郵便物は開封されて中を調べられたが、その理由が分からない。封書の表には白い小さな紙が貼られていて、「川崎東郵便局第3国際郵便部」との記載がある。そこへ電話することにする。

 外国からの郵便物についての担当だという総務部長と話す。
 「国内6箇所の郵便局が、外国からの郵便物を扱っている。開封検査は、日本郵便社員の立ち会いのもとに税関が実施している。検査が終わったものに日本郵便が封をして配送している」

 つまり「日本郵便」は税関による開封検査に立ち会い、開封された郵便物の再包装をしているだけだというのだ。「川崎東郵便局」での検査は「横浜税関」が担当しているというので次にそこへ電話する。

 「横浜税関」総務課長の話によれば、開封は「税関法」第76条に基づいて実施したという。第76条は次のようだ。
「税関長は、輸出され、又は輸入される郵便物中にある信書以外の物について、政令で定めるところにより、税関職員に必要な検査をさせるものとする」

 そして課長は「北朝鮮からの貨物は輸入禁止になっているので、どういう内容か検査しなくてはならない。信書以外で輸入が認められるのは新聞や本くらい」と言う。私への封書は開封した結果、新聞だったので「輸入」が認められたという。


 「信書しか入っていないのが明らかなものでも開封するのか」と私が聞くと、「信書かどうかは現場の判断」と言う。私へ届いた封書には長い手紙だけが入った「信書」だった可能性もある。だが税関は、信書ではないと判断して開封した。
「開封」は「通信の秘密」の権利に触れる重大な行為であるにもかかわらず、その基準は極めてあいまいなのだ。

 税関による基準が明確でない検査は、北朝鮮へ出入国する日本人・在日朝鮮人に対する日本の空港での荷物検査でも行われてきた。日朝関係が極度に緊張した時には日本出国時に、北朝鮮へ向かう乗客の荷物を、税関職員が厳しい検査をした。しかもその場所は航空会社のチェックインカウンター横であるため、通行人が見たり撮影したりできる状態でトランクを開けて入念な検査をしたのだ。個人のプライバシーなどまったく考えていない。

 また北朝鮮から日本へ戻った人への、空港での厳しい検査が続けられてきた。アントニオ猪木が、切手・新聞・タオルなどを没収されたときはニュースになった。ホテルのアメニティグッズまで没収するのは、その愚かさを嘲笑すれば良いだけのことだ。しかし、朝鮮学校の子どもたちのみやげ物を取り上げるのは、幼い心を傷つける非人間的行為である。

 日本政府は、北朝鮮へ制裁しようとしても打つ手がない。そのため北朝鮮とのやり取りや行き来をする個人に対し、陰湿な嫌がらせや腹いせを続けているのだ。それは市民の人権と権利を大きく侵害する行為であるにもかかわらず、その自覚がまったくない。「人権後進国・日本」の姿がここにもある。

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危機は「北朝鮮の挑発」によるものなのか?

 朝鮮半島は、憂慮すべき危険な事態に陥っている。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と韓国・米国との間で、いつ偶発的な戦闘が起きてもおかしくない。

非武装地帯と韓国軍陣地
非武装地帯とその中にある韓国軍陣地(2007年8月19日撮影)

 北朝鮮は3月3日にロケット弾、10日に短距離弾道ミサイル、15日に弾道ミサイルの大気圏再突入の模擬実験、18日に中距離弾道ミサイルの発射実験を実施。これら一連の実験は、7日から始まった米韓合同軍事演習に対抗したものだ。

 韓国軍は21日には、北朝鮮の重要施設を攻撃する訓練を実施。北朝鮮の戦闘機を撃墜した上で爆撃し、輸送機で特殊部隊を送り込むという。韓国国防省報道官は「北の挑発を抑えるための訓練」とした。

 これに対し、北朝鮮の「祖国平和統一委員会」は23日に「重大報道」を発表。金正恩(キム・ジョンウン)第1書記ら指導部を狙った訓練は容認できないとし、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領を「この地から除去する」ための「正義の報復戦に向かう」とした。

 こうした事態は、毎年のように繰り返されてきた。その原因は、3月上旬から約2カ月間にわたって実施してきた最新兵器を投入した米韓合同の大規模軍事演習である。「北の挑発を抑える」との名目の軍事演習が、北朝鮮の軍事行動を招いているのだ。

 つまり、「北朝鮮の挑発」によってこの危険な状況が引き起こされたとはいえない。どの国家でも敵対国に対して、相手の挑発を理由に自らの軍事行動を正当化する。

 国家はそうであっても、国家間の過熱したやり取りを冷静に捉えて報道するのがメディアの役割だ。ところが日本のマスメディアはそれを放棄し、政府発表をそのまま流している。

 日本と直接的な関係がない国での出来事については、まだ自らの視点による冷静な報道が出来ている。ところが北朝鮮についてそうならないのは、「反北朝鮮」を前提としているからだ。

 「北朝鮮を批判しないような記事は掲載できない」と、ある編集者は私にはっきりと語った。北朝鮮に関する出来事への客観的な判断を放棄し、「大本営発表」を流し続けるならば、ジャーナリズムの墓穴を掘ることになると認識すべきだ。

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北朝鮮で取材した日本軍性奴隷被害者の番組を放送

 韓国のインターネット放送「ニュース打破(タパ)」で、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の日本軍性奴隷被害者(日本軍「慰安婦」)と、今も残る「日本軍慰安所」についての番組「悲しい帰郷」(第1部・第2部)を放送している。
第1部
第2部
第1部予告編
第2部予告編

朴英深
中国・昆明の捕虜収容所で、米軍撮影の被害女性たちの写真を持つ朴英深(パク・ヨンシム)さん。右端が本人(2000年9月13日撮影)

 私は韓国・北朝鮮・フィリピン・インドネシアなどで、多くの性奴隷被害者を取材してきた。それらは多くの雑誌に掲載したもののテレビでの放送は限られていが、まとまった形で発表することができた。

 インターネット放送「ニュース打破」は、韓国のテレビ局KBSとMBCから解職された記者らによって運営されている。日本軍性奴隷被害者に関するいくつもの番組を制作している。
日本軍慰安婦を記録した日本人
故金学順ハルモニの最後の証言

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さらに被害を受ける在日朝鮮人

 私が『週刊金曜日』2016年2月19日号に執筆した記事「日本政府が朝鮮民主主義人民共和国への独自制裁を強化 さらに被害を受ける在日朝鮮人」を掲載する。

万景峰92号
朝鮮・元山(ウォンサン)港に係留されたままの「万景峰92号」

 日本政府は今月10日、朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対する独自制裁措置の強化を決定した。

 そして韓国政府は同日、南北協力事業である「開城(ケソン)工業団地」の操業を全面中断すると発表。それに対して朝鮮は同団地を「軍事統制区域」とし、韓国企業124社の資産を凍結。残っていた韓国人関係者約280人を追放した。

 また米国は、制裁法案を10日に上院、12日に下院で可決している。「核・ミサイル」だけでなくサイバー攻撃や人権侵害などに関わった個人・企業の資産凍結といった厳しい内容である。これら日米韓の独自制裁は、国連安全保障理事会決議にもとづく制裁が中国・ロシアの慎重姿勢によって決まらないため、連携して踏み切ったものだ。

 米国・韓国の制裁は朝鮮そのものへダメージを与えるのが目的だが、日本のものには大きな違いがある。日本による独自制裁は、拉致問題での朝鮮への圧力として2004年6月の「特定船舶入港禁止法」成立から始まった。06年7月の朝鮮によるロケット発射でそれが実施され、次第に項目を増やした。

 「ヒト」への制限としては、朝鮮当局者の日本入国禁止、朝鮮総連幹部の日本への再入国禁止、航空機チャーター便の乗り入れ禁止、そして朝鮮への渡航の自粛要請。「モノ」については「万景峰(マンギョンボン)92号」を含む朝鮮籍船舶の入港禁止と輸出入の全面禁止。「カネ」では朝鮮への10万円を超える現金の持ち出しと300万円を超える送金の届け出義務という内容だった。

 とりわけ輸出入の禁止は、米国・韓国でも実施しなかった厳しい措置だ。日本の朝鮮からの輸入は06年11月から、輸出は09年7月からまったくなくなった。平壌(ピョンヤン)市内の商店で輸入品を探すと、日本製ばかりだったのが、今では中国やEU諸国のものが取って代わっている。

 制裁で深刻な被害を受けたのは、朝鮮との貿易や朝鮮で事業をしていた在日朝鮮人らの企業で、その多くが廃業せざるを得なくなった。また税関検査が厳しくなり、朝鮮から戻った乗客への空港での朝鮮製品の没収が相次いだ。1月に筆者へ届いた朝鮮からの郵便物は、税関によって開封されていた。

 朝鮮へ親族・祖国訪問をした在日朝鮮人は、制裁前の05年は4000人近くいたが、制裁後はその約半分にまで減少。その最大の理由は「万景峰92号」での往来ができなくなったからだ。航空便は中国かロシアを経由するため、費用は船での2倍近くの約25万円かかり、高齢者は乗り換えでの肉体的負担が大きい。朝鮮へ直接的に制裁する方法がない日本は、代わりに在日朝鮮人いじめをしてきたのである。

 14年5月29日の「日朝ストックホルム合意」で、人的往来・送金についての報告の規制と人道目的の朝鮮籍船舶の入港禁止が解除。しかしそれから現在までに、送金や人道目的での入港が1件もなかったことからわかるように、重要ではないものばかりの解除だった。

●制裁の破綻は明らか
 今回の制裁強化策では、一昨年の解除項目を復活させ、人道目的かつ10万円以下を除く送金と朝鮮へ寄港した第三国籍船舶の入港の禁止、再入国禁止対象を拡大して在日外国人の「核・ミサイル」技術者への適用などを追加。これは、昨年6月に自民党が作成した制裁案にほぼ沿った内容である。すでに、訪朝を予定していた朝鮮総聯副議長の再入国許可が取り消された。

 朝鮮はこの日本の制裁強化に対して12日、拉致被害者を含む日本人調査の中止と同委員会の解体を表明。日朝関係は、過去最悪の危険な状況に陥った。

 制裁開始からの10年間を振り返れば、制裁強化で朝鮮が屈することは考えられない。もはや圧力路線が破綻したのは明白だ。日本は米国と異なり、朝鮮との間で解決すべき多くの重要課題を抱える。政府は戦略的視点に立って「核・ミサイル」問題を切り離した独自の対話路線へ転換するとともに、米国に対して朝鮮戦争の休戦協定を平和条約にするよう働きかけるべきだ。

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北朝鮮への制裁の破綻が明確に

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、2月7日午前9時(日本時間午前9時30分)に、東倉里(トンチャンリ)にある「西海衛星発射場」から「光明星(クァンミョンソン)4号」ロケットを打ち上げた。

ロケット模型
「金日成・金正日花展示館」のロケット模型(2012年4月14日撮影)

 米国国防総省・韓国国防省や中谷元・防衛相は、飛翔体が宇宙空間の軌道に乗ったと判断。「北米航空宇宙防衛司令部」は、軌道を回る2個の物体に「41332」と「41333」の衛星カタログ番号をつけた。打ち上げは成功したようである。

 2012年12月に実施された前回の発射時と同じように、日本政府はあまりにも過剰な対応をした。「破壊措置命令」を出して、地対空ミサイル「PAC3」や海上配備型迎撃ミサイル「SM3」を搭載したイージス艦を配置。
 そして発射直後には、地方自治体へ「エムネット」や「Jアラート」で情報を伝えた。沖縄県では防災行政無線が注意を呼びかけたり、携帯電話の緊急速報メールが一斉に鳴ったりした。

 2013年1月に韓国が打ち上げた「羅老(ナロ)3号」ロケットも日本の上空を通過したが、日本政府は北朝鮮の打ち上げに対するような措置を取っていない。

 異常な空騒ぎをしたのは政府だけではない。発射直後には、テレビ各社は通常番組を中断して臨時ニュースを流し、号外を出した新聞社もある。マスメディアも、危機を煽り続ける安倍政権に完全に踊らされている。

 日本政府は、独自制裁策を近く発表するとしている。また韓国は、中国が反発している「高高度防衛ミサイル」の配備に向けて米国との協議を始めると発表した。

 1月6日の核実験と今回のロケット発射で明らかになったことがある。国連安保理や日米韓などによる独自制裁は10年間も続けられてきたにもかかわらず、北朝鮮の核開発を止めることはできなかった。それを継続しても、効果はまったくないということだ。

 もし、北朝鮮への石油や食糧を絶つような強力な制裁を実施したならば、おそらく数百万人の民間人の餓死・凍死者が出るだろう。そして、戦争や大規模な軍事衝突の危険性が一気に高まるのは確かだ。

 米国のオバマ政権は、「戦略的忍耐」という名のもとに北朝鮮に対して何もしなかった。東北アジアの平和のためには、米国が直接対話に踏み出し、北朝鮮の体制保障と引き換えの核廃棄という方法しかもはや残されていない。

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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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