北朝鮮の木造船漂着をどうみるか

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)からの木造漁船が、今年も日本へ流れ着いている。2014年からの3年間で176件だったが、昨年だけでも104件もあったという。今年はさらに増えそうだ。

清津港の漁船
清津(チョンジン)港に係留されている漁船(2012年8月31日撮影)

 今年の漂着についてのマスメディアの報道には、あまりにもひどいものがある。
「発見時に船は無人で、誰かが上陸した形跡はなかったが、(秋田県新屋に住む)男性は「『いつか上陸するかも』と思えば不安」と話した」(「秋田魁新報」11月30日)
 「(秋田県由利本荘市の)海岸近くの住民らの間では『上陸した人に危害を加えられるのでは』と不安がにじむ。(略)乗組員が見つかったケースはないが、『うちには幼い娘が2人いる。誰かが上陸して、連れ去られたらどうしよう・・・』と女性は不安を隠さない」(「読売オンライン」11月23日)

 また沖合で北朝鮮船と遭遇することについて「毎日新聞」(11月17日)は「増える北朝鮮船『怖い』 日本の船、漁獲3割減も」との見出しをつけ「『(山形)県漁連の担当者は(略)銃を所持しているのではないかと思うと、怖くて船で寝ているどころではない』と訴える」と報じている。

 遭難の危険を冒してまで漁に出ている理由が、ノルマ達成のためなのか一攫千金を狙ってなのかは分からない。だがそうした無謀な漁によって、小さな木造船が遭難して多くの漁師たちが亡くなっている。それは実に不幸なことだ。

 ただどのような理由であれ、海で無念の死を遂げた隣国の人々を思いやるべきだろう。それができないのは非人間的である。また、経済的に豊かな日本の価値観で、他国の人々の暮らしを卑下したり批判したりするするのはやめるべきだ。

 この遭難で、北朝鮮への恐怖や敵愾心を煽るマスメディア。こうした不幸な事態は、日本が制裁を解除して経済支援をすれば間違いなくなくなるだろう。消極的な政府の尻を叩き、日朝関係改善のために寄与するような報道が求められている。

ABCテレビ特番「再会 日朝に別れた姉妹の58年」を放送

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の地方都市・咸興(ハムフン)で、昨年4月から今年6月まで在朝日本人の取材を4回行なった。それはテレビで4本のドキュメンタリー番組、雑誌で6本の記事として発表。そのうち、これまでの日本人妻取材をまとめた1時間番組を朝日放送テレビで放送する。なお、関西地区だけの放送となる。

中本・林再会
林恵子さん(左)に抱きつく中本愛子さん。それを孫の鄭光洙さんが見守る(2018年6月23日撮影)

==== テレビ局の案内 =====

再会 ~日朝に別れた姉妹の58年~
2018年11月12日(月) 2:55 ~ 3:55

北朝鮮に住む日本人妻の実態は謎に包まれてきた。その一人中本愛子さんは、58年前に海を渡った。今年生存が妹に伝えられ、妹は訪朝を決意。58年ぶりに涙の再会を果たした。
◇番組内容3年たてば里帰りできると言われ、在日朝鮮人の夫と北朝鮮に渡った日本人妻。だがほとんどの日本人妻は帰国できていない。中本愛子さん(86)は、家族と音信不通になっていた。我々は熊本に住む妹を探しだし、姉の存在を伝えると訪朝を決意した。58年ぶりの再会に姉妹は号泣。初めて会う北朝鮮の親戚たち。「家族が自由に行き来できたら」そんな願いの実現に向け妹は動き出した。

◇出演者ナレーター:河野多紀
取材者:伊藤孝司
◇監督・演出プロデューサー:藤田貴久(朝日放送テレビ)
熊谷均(日本電波ニュース社)
ディレクター :島田陽磨(日本電波ニュース社)
カメラマン:伊藤孝司、利満正三、島田陽磨、熊谷均
◇制作:朝日放送テレビ、日本電波ニュース社

建国70周年の北朝鮮で見えたもの

 『週刊金曜日』2018年10月19日号(同日発売)に掲載した、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)建国70周年の祝賀行事取材による写真と記事を紹介する。

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経済制裁下でも続く発展
英語からITまで人材育成に大変な努力

 朝鮮建国70年という大きな節目の祝賀行事は、どうしても撮影したい。そう思い、昨年から取材交渉を続けてきて何とか実現できた。この26年間には、米国や韓国との軍事的緊張状態が危険なほど高まった中で取材に出たことが何度もある。

行進する少年団
閲兵式で力強く行進する少年団(2018年9月9日撮影)

 そうした時でも、平壌(ピョンヤン)へ行ってみると拍子抜けするほど「平穏」にみえた。だが、光が外へ漏れないように泊まっていたホテルの窓が急に暗幕で覆われたり、軍隊に志願した数百人もの青年たちが軍用トラックの荷台に乗り込むのを見た時にはかなり緊張した。トランプ政権による軍事攻撃の可能性が高まった昨年4月には、初めて家族に「覚悟」を伝えて訪朝した。

 金正恩(キム・ジョンウン)委員長による今年の「新年の辞」で、朝鮮の外交政策の大きな転換が始まる。昨年から今年6月まで4回にわたる残留日本人と日本人妻の取材で、首都・平壌だけでなく咸鏡南道(ハムギョンナムド)咸興(ハムフン)市の個人宅を何度も訪ね、家族たちとも時間をかけて話をした。

 今年2月に行った時には人々は、米国との関係改善が成功するかどうか、ようすをみているようだった。しかし6月12日の米朝首脳会談の直後に訪れた時には、雰囲気は変わっていた。戦争を回避できそうなことへの安堵感と、自国の政策への信頼感が伝わってきた。

 またその背景には、「国連安保理」と日米韓の独自制裁にもかかわらず、経済発展を続けていることもあるようだ。平壌だけでなく地方都市でも、速度は遅いものの着実に進んでいる。その大きな原動力となっているのは、加入者500万人と推定される携帯電話とコンピューターネットワークである。

 さまざまなインフラ整備が遅れている中で、これらへの投資は突出。どの地方都市でも大量のパソコンが並ぶ電子図書館の建設が進み、協同農場や工場にも「科学技術普及室」が設けられた。そこではパソコンで、電子書籍や資料の閲覧やさまざまな講座を受けることができる。平壌の有名大学の受験さえ地方で可能になった。全力で「科学技術大国」を目指しているのだ。

「祖国統一」看板と人々
「祖国統一」の看板とともに行進する人々(2018年9月9日撮影)

 他に大きく変わったのは、小学校から大学にいたるまでITだけでなく英語教育にも並々ならぬ力を入れるようになったこと。国を挙げて人材育成に大変な努力をしている。将来は、世界中に技術者を送り出すようになるかも知れない。

 高い教育水準の人材と膨大な量の鉱物資源は、朝鮮を爆発的な経済発展をさせる力となるだろう。それを実現させようとする朝鮮は、米国からの軍事攻撃を絶対に受けない保障と制裁の解除を必要とする。そのための戦略を、若き最高指導者は着実に実現させているようだ。

北朝鮮取材からみた安田さん「自己責任論」

 シリアで武装勢力に拘束され、3年4カ月ぶりに解放されたフリージャーナリストの安田純平さんが10月25日に帰国した。またしても「拘束されたのは自己責任」との安田さんが危険な場所へ取材に行ったことへの批判が噴出している。

収穫前の農村地帯
稲穂が色づき始めた平壌(ピョンヤン)郊外(2018年9月7日撮影)

 10月27日に放送されたTBS系列「報道特集」は、安田さんの今までの取材を紹介して「自己責任論」を明確に批判。だがキー局の中には、結果として「自己責任論」を煽るような取り上げ方をしているところもある。

 安部首相が続けてきた北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への異常なバッシングによって日本は、自らの考えと異なる者や弱い者も徹底的に排除する社会になってしまった。安田さんは、排外主義的思考の人たちの格好の標的となっている。今は病院に検査入院している安田さんが、記者会見で姿を見せて発言すれば、その内容がどうであっても「自己責任」の声は大きくなるだろう。

 日本政府は「目的のいかんを問わず北朝鮮への渡航は自粛してください」としている。私はそこへ40回の渡航をして取材してきた。しかもそのほどんどは、単独で行動している。

 その北朝鮮で身の危険を感じたことがある。それは昨年のように米朝の軍事的緊張が極限まで高まり、米軍による北朝鮮への先制攻撃がいつ実施されるかもわからない状況が時々あった。

 現在、日本のマスメディアによる北朝鮮現地での取材は極めて少ない。「共同通信社」は支局を持っているが日本人スタッフは常駐ではなく、ときどき北京からやってくるだけ。他のマスメディアは、祝賀行事などの際に20人ほどの記者団として取材している。

 私の初めての北朝鮮取材は1992年。日本で伝えられている姿と大きく異なっていることに驚いた。取材に制約はあるものの、北朝鮮のさまざまな情報を日本や国際社会に伝えるためにさまざまなテーマに取り組むことにした。

 重要であるにも関わらず、マスメディアが制約によってできなかったり、しようとしないテーマがある。その取材は、フリーランスのジャーナリストにしかできない。私の北朝鮮取材は、ほとんど利益がないどころか時には大きな赤字を出す。それでも、自分が伝えないと大事な事実が永遠に埋もれてしまうとの思いで取材を続けている。それは安田さんも含め、フリーのジャーナリストたちは同じ思いだろう。

 中東取材のベテランの安田さんが拘束されたのは、少しの判断ミスがあったかも知れないが、運が悪かったからだ。近年でも海外での活動中に、日本企業やJICA(国際協力機構)の職員が殺されている。海外へ出ていく限り、程度の差はあれ拘束や殺害のリスクはある。「自己責任論」を唱える人たちは、日本が鎖国すべきとでもいうのだろうか。

北朝鮮への日本政府連絡事務所の開設は実現するか

 3年後には政権から退く安部晋三首相が、拉致問題を「解決」して北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との関係改善をしようと動いている。

平壌夕暮れ
平壌市内の夕暮れ(2018年9月11日撮影)

 日本の情報機関の北村滋内閣情報官が10月6~8日に、北朝鮮の情報機関・朝鮮労働党統一戦線部の幹部とモンゴルで秘密接触したという。これは7月中旬のベトナムに続くものだ。

 北朝鮮との交渉内容は、平壌(ピョンヤン)に日本政府の連絡事務所を設けることだという。ここを拠点に交渉をし、拉致事件の真相究明を図り、確認できた拉致被害者を順に帰国させるというのだ。これは、2014年5月の「日朝ストックホルム合意」での「日本側関係者の北朝鮮滞在」を実現するものとのこと。日本政府は、事務所設置のめどがついた段階で、安部訪朝を実現させたいのだろう。

 そして日本による朝鮮植民地支配への「過去清算」と、2020年の「東京五輪・パラリンピック」への北朝鮮選手団の受け入れについても取り組むことを北朝鮮へ伝えているという。

 拉致被害者の順次帰国という方針は、「拉致被害者家族会」が要求する「即時一括帰国」とは大きく異なる。そのため「家族会」は、政府のこの方針に強く反発している。北朝鮮は、1978年に行方不明になった田中実さんが自国内にいることを認めたという報道もあり、「家族会」はそうした人の帰国で拉致問題が終わることを恐れているのだろう。

 拉致問題での強硬姿勢で首相の座に就き、政権を維持してきた安部首相。拉致問題を徹底的に利用し尽くしてきた。長らく「家族会」と歩調を合わせてやってきたが、それでは拉致問題がまったく進まないのは明らかだ。そのため北朝鮮政策の軌道修正を決断し、その雰囲気づくりのために「秘密交渉」をしていることとその内容をリークしているのだ。

 「ストックホルム合意」によって北朝鮮は、拉致被害者を含む北朝鮮で暮すすべての日本人の調査を実施。ところが日本政府は、拉致問題についての報告内容に納得できないと、すべての調査報告を受け取らなかった。

 その結果、北朝鮮はこれらの調査を実施した「特別調査委員会」を解散してしまった。北朝鮮にすれば、日本政府から極めて不誠実な対応を受けたのだ。日本政府の提案に、日本人調査を担当した北朝鮮の外務省などの関係機関は強く反発しているはずだ。事務所開設の話が実現するとしたら、最高指導者の判断しかないだろう。
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プロフィール

こだわりジャーナリスト

Author:こだわりジャーナリスト
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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