北朝鮮 「処刑」誤報の報道姿勢は日本も同じ

 韓国の日刊紙[ハンギョレ」は6月3日、「朝鮮日報は『間違っても責任はない』式の北朝鮮報道は止めよ」との社説を掲載した。

平壌市内
平壌市内(2019年5月25日撮影)

 同じく韓国の日刊紙「朝鮮日報」は5月31日付で特ダネとして、2月の第2回の米朝首脳会談が物別れに終わった責任を問われて、金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党中央委員会副委員長は「解任されて強制労働中」、金革哲(キム・ヒョクチョル)国務委員会米国担当特別代表は「処刑されたことが分かった」、金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長は「謹慎中」と報道。

 だが金革哲氏と金与正氏の健在が、「朝鮮中央通信」の配信写真で確認された。「ハンギョレ」は「キム副委員長の健在が確認された以上、キム・ヒョクチョル特別代表の処刑説も事実ではない可能性が高い。対米交渉を総括するキム副委員長が何の異常もないのに、その部下の実務責任者を処刑するというのはつじつまが合わない」とする。

 米国の「CNN」放送も4日、金革哲氏の生存を報じており、「朝鮮日報」の誤報は明らかである。そもそも「朝鮮日報」の報道の根拠となったのが、「対北朝鮮消息筋」という得体の知れない匿名情報だった。「ハンギョレ」は次のように指摘する.。

 「このような無責任な誤報は『北朝鮮は信じられない国』という先入観を強化することによって対北朝鮮交渉を難しくさせる結果を生む。『交渉の代表を処刑する国なのに、このような国と交渉する必要があるのか』という懐疑論を増幅させる可能性が大きい。保守系マスコミの『間違っていようと責任はない』式の報道が、このような政治的策略の上にあるではないのかと疑いを持つ。保守マスコミは今からでも「『』とりあえず出してみる』といった誤った報道の慣行と決別すべきだ」

 「朝鮮日報」の北朝鮮報道の姿勢は、日本の多くのマスメディアもまったく同じである。一時よりは慎重になったものの、出所の分からない韓国からの怪しい北朝鮮情報をそのまま流してきた。今回の「朝鮮日報」の誤報も、引用という形を取っているもののさも事実のように扱った。

 こうしたテレビの視聴率と雑誌の販売部数を増やすことを目的とした北朝鮮報道は、日本のジャーナリズムを腐敗させただけでなく、それによって形成された世論によって日本の外交政策を間違いなく後退させてしまった。

平壌現地から発信! 「田植え戦闘」で市民が援農

現地最新情報の第3弾をお送りする。

 平壌(ピョンヤン)から車で6時間近くかけ、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の咸興(ハムフン)へ。2017年4月から、これで6回もこの地方都市を訪れることになった。

田植え
咸興と元山(ウォンサン)の間で田植えをする人々(2019年5月25日)

 今月17日からは全国で「田植え戦闘」に入り、車窓からは田植えをする人々の姿が延々と見えた。協同農場の農民だけでなく、都市からの援農の人々も動員されている。援農の人たちは、服装がカラフルなのですぐにわかる。

 昨年のこの国は、干ばつと水害で穀物生産が減少。今年も降水量が少なく、河川や貯水池の水位が下がっているように見える。わずかな水でイネを植える「節水農法」をしている水田も見かけた。

*平壌から3度のブログ更新をしたが、インターネットの速度が遅くて写真が送信できなかった。そのため、帰国後に写真を追加した。

平壌現地から発信! 平壌郊外の日本人墓地を訪れた

現地最新情報の第2弾をお送りする。

日本敗戦によって、朝鮮半島の北緯38度線の北側はソ連軍が管理。そこで暮らしていたり、中国東北地方から避難してきたりした日本人は帰国を許されず、4万人近くが栄養失調と伝染病などで死亡した(詳しくは拙著『ドキュメント 朝鮮から見た<日本>』参照)。

厚生労働省によれば、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)には71カ所の日本人埋葬地があるという。そのうち、平壌郊外には大規模な「龍山墓地」がある。ここは他の埋葬地と異なり、「墓地」の形になっている。

この墓地を久しぶりに訪れた。3回目である。農家の横に車を止めると、退職後は墓地を一人で管理しているというお年寄りの男性が待っていた。その人の後について、急な山を登っていく。まだ草が伸びていないということもあるが、山焼きをしているので以前よりも歩きやすい。そして何よりも土饅頭の形が良くわかる。少し上るとそこには、調査のために遺骨を掘ってから元の形に戻したという比較的新しい土饅頭がある。

菊の花を供え、ホテルのおしゃれな店で買った可愛いキャンドルに火をつけてお参りする。案内してくれた男性は「この場所を果樹園にする計画があり、遺骨を早く日本へ持って行って欲しい」と語る。この墓地に埋葬されている2000余人の遺骨は、いつになったら日本へ戻ることができるのだろうか。

北朝鮮には、2万人以上もの日本人遺骨が今も眠る。埋葬地への日本からの墓参団は、民間で12回実施されたものの止まってしまった。農作業やインフラ工事で時々見つかる遺骨は、確実に失われていくだろう。

もはや、日本政府の事業としてしか日本人埋葬地への墓参団派遣や遺骨収容は不可能である。「条件なし」での日朝首脳会談の実現に熱心な安部首相は、異国の地で74年間も眠り続ける日本人たちをどうするつもりなのだろうか。

平壌現地から発信! 制裁の影響が感じられない平壌

このブログは今、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の首都・平壌(ピョンヤン)から更新している。今回の訪朝での、現地最新情報の第1弾である。

平壌市内を走るたくさんの車
平壌市内を走る車(2019年5月15日撮影)

安部首相が、「条件なし」での日朝首脳会談を呼びかけ、北朝鮮の短距離弾道ミサイルの発射実験が行なわれたという状況の中での北朝鮮取材だ。前回の訪朝は2018年9月で、今回は通算41回目。

北朝鮮は、国連安保理による厳しい制裁を受け続けている。中国などとの貿易額が大幅に減少していることからすれば、かなり経済状況は厳しいはずだ。しかし平壌(ピョンヤン)の街のようすは8カ月前と変わらない。

黎明(リョミョン)通りの超高層アパートの派手なライトアップや柳京(ユギョン)ホテルの大規模なプロジェクションマッピングは続いている。また、走っている車の量も同じように見える。飲食店の、料理の質や価格にも変化はなかった。ガソリンや食糧の不足による“危機”など、現在の平壌の街からはまったく感じられない。

金正恩氏はなぜ鉄道でロシアに行ったのか

 「現代ビジネス」4月27日配信の拙稿を掲載します。

■本来なら不可能なはずだが…

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は25日、ロシアのプーチン大統領との初の首脳会談を行なった。そのために、ロシア極東のウラジオストクまで列車での移動をした。

平羅線で使われている電気機関車
平羅線で使われている電気機関車

金委員長が乗った専用列車が、北朝鮮国内の駅を出発した時間は当日の未明と報じられている。そして、ロシアへ入って最初の駅であるハサンへ着いたのは午前10時40分(現地時間)。もし平壌(ピョンヤン)から出発したのであれば、驚くべき速度で国内を走行したことになる。

平壌からロシアへ列車で行くには、平羅(ピョンラ)線を使う。この路線は、平壌市内の間里(カルリ)駅と羅先(ラソン)経済特区内の羅津(ラジン)駅を786㎞で結ぶ。平壌を出発した列車は内陸部を東へ向かい、海へ出てからは海岸線に沿って北上。

羅津駅からは咸北(ハンプク)線に変わり、北朝鮮側最後の駅である豆満江(トゥマンガン)駅へ。ここを出てすぐにある「朝鮮・ロシア友情橋」で、国境線の豆満江を渡るとハサン駅へ着く。

今回の専用列車の出発駅は明らかにされていない。公表された写真からは、駅のかなり広いコンコースに屋根が付いていることがわかる。私がかつて撮影した平壌駅コンコースの写真と比較したところ、屋根の形状が異なっていた。平壌駅が改装された可能性はあるが、ロシア寄りの咸鏡南道(ハムギョンナムド)の咸興(ハムン)駅か咸鏡北道(ハムギョンプクド)の清津(チョンジン)駅で乗り込んだのではないか。

平壌からハサン駅までは約840㎞である。もし専用列車が平壌を午前0時に出ているとしたならば、時速約79㎞で走行する必要がある。これは、平羅線の線路の状態からすれば不可能だろう。

■列車旅で分かったこと

私は1999年7月から2009年10月までの間に4回、取材のために清津まで平羅線を使った。いずれも、週1便しかないロシアと結ぶ国際列車だった。現在は月2便に減っているとのこと。西海岸を走る平義(ピョンギ)線の北京との国際列車は週4便運行されており、平羅線でロシアと行き来する人が非常に少ないことがわかる。

2009年に私が乗車した列車は14両編成で、旧ソ連製の電気機関車を列車の前と後ろに配置。13両は国内線だが、最後尾に連結された1両だけがモスクワまで行く客車だった。ここと他の車両との行き来はできない。この客車は寝台車になっていて、4人1室のコンパートメント。いたるところにロシア語の表示があるので、この車両はロシア製なのだろう。

乗客とトランプをする国際列車の乗務員
乗客とトランプをする国際列車の乗務員

乗務員がカップ麺用のお湯を用意してくれたり、いろいろと気遣ってくれるので、なかなか快適の旅であった。車窓からの光景にも飽きない。ちなみに平壌・清津間の片道運賃は、外国人は40ユーロ(当時のレートで約5400円)だった。

この時は平壌から清津まで25時間かかった。列車のデッキにある手動のドアを開け、身を乗り出してビデオ撮影ができるほど速度はゆっくり。もし金委員長の専用列車が時速約79㎞で走行したのなら、私には信じられない速度なのだ。

専用列車のロシアへ入ってからの映像には、ロシアの機関車2台が客車を牽引しているようすが映っている。北朝鮮国内は、外国製かも知れないが自国のディーゼル機関車を使ったと思われる。それは、北朝鮮の電力事情が悪いからだ。

北朝鮮は旧ソ連と同じように、“社会主義のあるべき姿”として鉄道を含む産業の電化を強力に推進してきた。現在の北朝鮮の鉄道は約5200㎞で、電化率は80%といわれている。ソ連崩壊などによって原油輸入が減ってからは、電化したことが鉄道の正常運行の障害となった。電気機関車は、停電や電圧低下によって途中で立ち往生するのだ。

私の列車旅は、清津からの帰りは工事に引っかかったこともあり、少し進んでは長時間の停車。持ち込んだ水や食料も尽き、列車に群がるようにやってくる物売りからスルメなどを買った。42時間も閉じ込められていたところで、取材受け入れ機関の車が平壌から“救助”に来た。このことがあってからは、長距離移動をする場合、費用がかかっても四輪駆動車や航空機の国内線を使うようにしている。

■飛行機でなく鉄道を使った理由


平壌とウラジオストクとは「高麗(コリョ)航空」の定期便が月曜日と金曜日に運行されており、所要時間は約90分。メルセデス・ベンツのリムジンなどは航空機で運んだにもかかわらず、金委員長ははるかに時間がかかる鉄道で移動した。これに大きな意味がある。

そもそも旧ソ連は、北朝鮮の建国に極めて重要な役割を果たした。金日成(キム・イルソン)主席と金正日(キム・ジョンイル)総書記は、そのソ連に列車でたびたび訪れている。列車は航空機よりも安全というだけでなく、車窓からはその国の地方都市や農村の状況が非常に良く分かる。

金委員長は、ロシアのハサン駅で列車から短時間降りた。旧ソ連時代の1986年に、金日成主席のロシア訪問に合わせて建てられた「ロシア・朝鮮友好の家」を訪問するためだった。ここは、金正日総書記も2002年に訪れた“聖地”である。今は博物館となっているこの施設を見学するのが目的ではなく、最高指導者としてここを訪ねること自体に大きな意味があったのだろう。

北朝鮮と韓国は昨年12月、北朝鮮国内の鉄道約2600㎞を18日間かけて合同調査をした。韓国とロシアは、韓国の釜山(プサン)港から朝鮮半島を縦断してヨーロッパまでつなぐ鉄道の実現を目指しているからだ。

この調査の結果、金委員長が使った東海岸を走る路線では、建設から60~100年も経つ橋梁が使われていることが判明。日本による植民地時代のものも残っているのだ。また、摩耗して交換時期を過ぎたレールが多数あるなど、鉄道の老朽化が明らかになった。列車の運行速度は30~40㎞とのことで、私が最後に乗車した10年前から改善されていない。

釜山からヨーロッパまで、スエズ運河を経由しての船舶での輸送では約45日間かかる。それが、鉄道を使えば約10日間になるという。この構想を実現させるには、北朝鮮国内の鉄道が重量物を運ぶことができるよう、多額の費用をかけて大改修する必要がある。

金正日総書記とプーチン大統領は2001年8月、「朝ロ・モスクワ宣言」に署名。北朝鮮を縦断する鉄道とシベリア横断鉄道との連結などに合意した。これによって、ロシアが70%を出資する朝ロ合弁企業「羅先コントランス」が設立される。そして羅先経済特区内の羅津港と、そことロシアとを結ぶ鉄道の49年間の租借権を得た。

■制裁解除に向けて動いてほしい、というメッセージ?

2014年9月に、ハサンと羅津港第3埠頭との間の54㎞の鉄道改修工事が完成。ロシアの鉄道はレール幅1520mmの広軌で、北朝鮮の多くは1435mmの標準軌。そのため豆満江駅で、機関車の台車交換と貨物の積み替えが必要だった。

それを、一つの線路に標準軌と広軌の両方のレールを敷き、ロシアの貨物列車がそのまま走ることができるようにした。レールだけでなく、その下へ敷くバラストまでロシアから運ばれた。

羅津港は、中国・ロシアと国境を接する羅先経済特区の心臓部である。波が静かで水深があり、何より冬でも凍結しないという良港だ。極東ロシアの不凍港はウラジオストクなど3港しかなく、中国東北地方は海と接していないため、羅津港は歴史的に戦略的要衝だった。「羅先コントランス」は、2014年11月には羅津港第3埠頭の改修と浚渫を実施。

私は2015年6月に、平壌から2日間かけて車で羅先経済特区まで行き、4日間にわたって取材をした。広大な特区の中の真新しい線路の上を、ロシアの機関車がシベリア産石炭を積んだたくさんの貨車を羅津港まで牽いていた。

その港の第1・第2埠頭は古いままだが、第3埠頭は完ぺきに改修されている。ロシア製の4機の巨大なガントリークレーンが目立つ。重機が動き回って貨車から石炭を降ろし、埠頭にはいくつもの石炭の山が築かれている。大変な活気なのだ。

北朝鮮は、平羅線を積極的に活用しようとしている。昨年からは、このルートでの外国人観光客の乗車を許可したという。すでに催行されたツアーもある。

ロシアにとって、朝鮮半島を縦断する鉄道とガスパイプラインは戦略的に極めて重要なものである。だがこれらは、国連安保理による北朝鮮制裁の緩和がなければ実現しない。金委員長の鉄道利用は、ロシアが制裁緩和に向けて積極的に動くようにとの強力なメッセージなのだろう。
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プロフィール

伊藤孝司

Author:伊藤孝司
フリーランスのジャーナリストとして長年にわたりさまざまな取材を行い、数多くのメディアで発表してきました。
海外取材は200回近くで、そのうち北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へは数十回です。現在、年1~3回の訪朝をしています。
掲載写真は、引用先が非表示のものは筆者撮影です。なお、このブログに掲載している映像と文章は日本の「著作権法」と国際的な著作権条約で保護されており、無断使用はできません。転載を希望される場合は、事前にご連絡ください。

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